移動スーパー・とくし丸

 超高齢化社会のキーワードは「出前」ではないか。医療は訪問診療、介護は訪問介護、事務用品はアスクルという具合だが、生鮮食品の買い物はどうするのだという論議をしたのは10年前。砺波で在宅診療所を立ち上げた時であった。この時に特に興味を示したのが砺波カイニョ倶楽部の出村忍代表監事で、スーパーの経営者に持ち掛けていた。久しぶりに訪ねてみると、16年に砺波のヴァローレが移動スーパー「とくし丸」を導入しているという。限界集落でもある南砺市利賀村などをエリアとして、今では3台に増やしており、「とくし丸」の洗練されたシステムに感じ入っていた。徳島発のビジネスモデルが富山に届き、過疎の老人たちに福音を届けている。遅まきながら、これぞソーシャルビジネスの典型であろう。

 というわけで、手にしたのが「買い物難民を救え!」(緑風出版)。「移動スーパーとくし丸の挑戦」という副題で村上稔が書いている。村上の経歴がおもしろい。66年の生まれで京都産大を出てリクルートに入り、その後徳島市議3期を務め、吉野川可動堰を中止に追い込んでいる。ところが県議選に出馬するも落選し、家族を抱え、どうしようともがいていた時に、移動スーパーの構想を描いていた住友達也から声がかかる。住友は32歳で徳島タウン情報誌「あわわ」を立ち上げ40万部超を記録するなど成功していたが、徳島の田舎に住む母親の買い物の苦労をどうにかできないか、と思い立った。廃刊相次ぐタウン誌からの転身だが、2度目の起業である。素晴らしい。村上も加わって、徹底した現場からの発想がいい。成功のポイントはふたつ。ひとつは既存の地元スーパーから仕入れて、残れば返すという委託システム。これだと売れ残りリスクはない。もうひとつは、個人事業主で参加できる販売パートナー制度だ。軽トラック1台含めて約340万円だから、親戚友人からの支援で十分とハードルは低い。加えて1品に10円プラスすることで、買い物難民もこの販売パートナーを支援する。これが全国に広がっている。地元スーパーにしてみれば安売り競争で疲弊しているのに、設備投資ゼロで売り上げを伸ばすことができる。販売パートナーはエリア内ほぼ200軒のお得意を3日に1回巡るという計算で、月25日稼働、平均日販6万円となる。車の償却5万円計上して、手取り20万円弱が得られる。これが1日10万円だと、40万円だ。期せずして、近江商人の三方よし=(売り手よし)×(買い手よし)×( 世間よし)が成立している。

 もうひとつ指摘しておきたいのが行政の補助を受けないということ。同じ徳島の三好市では買い物難民対策として1800万円をシルバー人材に事業委託して行ったが、その期間に何と45軒が利用して45万円の買い物がなされただけだった。首長のただ体裁を繕うだけの政策の限界であって、誰も乗っていない過疎バス然り、緊急雇用対策も然り、ということになる。

 当然、このとくし丸ビジネスとて安泰ではない。いまは団塊世代が定年を迎え、日々家にいる地域密着人口が増えているという事情が大きく、次に来る本格的な人口減少の多死社会では、200軒のお得意は半減することは間違いない。

 著者の村上は最後に経済学者・シューマッハーの「スモール・イズ・ビューティフル」を挙げている。シューマッハーはケインズの弟子であるが、欲望をかきたてる有効需要が万能であるような経済は決して人間を幸せにしないと断じて、平和と永続性に注目した。ローカルで自立した経済圏が自律した人々によって受け継がれていくのが理想とする論である。とくし丸はそんなひとつの試みだが、タウン情報とやまもぜひ挑戦してほしいと思う。

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