「9月、東京の路上で」

本を買う動機が最近変わってきた。久しぶりに紀伊国屋富山店をぶらぶらして、新聞の書評を読んでメモしたものを探し当てた。書名は「9月、東京の路上で」、「1923年関東大震災 ジェノサイドの残響」という気合が入った副題がついている。ところが裏表紙に「取引代行」というシールが張られていて、このシールはきれいにはがせます、という小さなメモも印字されている。初めてだが、「ころから」という小さな出版社なので、東販・日販という大手取次店からは相手にされていないのだ、という察しはついた。定価1800円(税別)だが、ヘイトスピーチへの抗議本ということであれば、老人の心意気であり、ご祝儀と思えば高くはない。贈与経済のひとつである。
 著者の加藤直樹は47歳、新宿・新大久保で育っている。いわば自分の故郷と思っている町を、醜悪なヘイトスピーチで「新大久保を日本人の手に取り戻せ」などと民族差別主義者が我がもの顔にふるまうことに我慢ならなかった。その抗議行動に自らも参加して、ついに押し返すようになった。彼らのプラカードに「不逞鮮人」の文字を見つけて、関東大震災の朝鮮人虐殺と同じような情景ではないか、と思いついた。そして、路上でともに行動した仲間に呼びかけて、90年前に虐殺があった東京各地を訪ね、そこでの証言や記録をもとにブログを立ち上げた。そんな経緯の出版である。
 気がついたところを紹介しておこう。未曾有の大地震に動転しているところに、朝鮮人暴動の流言である。朝鮮人が放火している、井戸に毒を入れて回っている、朝鮮人300人がどこそこへと進撃中、あと数キロでここまで来るぞ、妙な具体性を帯びながら、避難民の移動とともに広がっていく。大震災の翌日に戒厳令は布かれると、更に朝鮮人暴動の実在を確信させ、東京府内で猛烈な勢いで自警団が誕生していった。その数は千を超え、道行く人を誰何(すいか)して、朝鮮人の疑いがあれば殴られ、殺されていった。その頃正力松太郎は警視庁で特高のトップを務め、警視総監に次ぐナンバー2であった。最初は疑っていた正力も、現場から次々に挙がってくる朝鮮人暴動の報告に翻弄されて、次第に信じるようになる。首都を防衛する師団司令部に赴き、軍もまた暴動を信じていることを確認すると「こうなったらやりましょう!」と叫び、朝鮮人が謀反を起こしているといううわさがあるから触れ回ってくれ、と新聞記者たちにも要請する。流言はこうして警視庁のお墨付きを得て、群集心理も重なり大きな惨劇を引き起こしていく。
 俳優座を創設した新劇の千田是也は本名を伊藤國男というが、そのエピソードである。関東大震災直後に千駄ヶ谷において自警団に朝鮮人と間違われ、暴行された。19歳の時で、パピプペポが発音でき、教育勅語が暗誦できてようやく難を逃れた。芸名をつける際にこの体験から「千駄ヶ谷のコリアン」をもじって「千田是也」としたという。
 虐殺された数は数千人にのぼることは間違いない。誰も責任を取っていない。1910年の日韓統合で朝鮮人蔑視の風潮が高まり、19年の3.1独立運動で朝鮮人は怖いという偏見が植え付けられたのが、大きな素地となっている。石原慎太郎などは三国人という差別発言を繰り返し、いまだにこの妄想に絡め取られている。 原発もそうだが、「お墨付き」があるからという無責任体制がこんな暴走を何度となく繰り返す元凶となっている。
 この本が売り上げ1万部に達しようとしているという。出版と引き受けた版元「ころから」の心意気あふれる決断に敬意を表しつつ、エールを送りたい。
 はてさて、沖縄知事選は辺野古移設反対の翁長雄志氏が当選を果たし、一矢報いたが、総選挙が待ち受けている。アベ与党の独走を許さない大舞台回しを期待したい。

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