童話屋のロマンとソロバン

背広のポケットにもはいる小さな本である。詩集「くまさん」。時には、書店の詩のコーナーをのぞいてみたらどうだろうか。こんなチビ本がそのコーナーでひときわ光っている。どれもが童話屋。それらしく聞こえないのは、渋谷に開いた書店が出発の出版社だから。シャイで、出版文化を担うなんてとんでもない、というところなのであろう。でもその志は清く、高い。その上に、したたかな商魂もありそうなのだ。というのは、朝日新聞に全面広告を出す。少なくとも1000万円を前後する広告費だ。このご時世に、ちっぽけな出版社が、しかもマイナーな詩集の、である。出版界は大不況、著名な大手出版社も青息吐息の状態。その苦境を尻目に、軽やかにステップを踏んでいるようにみえる。

童話屋の社長は田中和雄さん。1935年生まれ。教育勅語で育った世代だが、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」に感動、子供たちにいい本を読ませたいとの夢を抱きつづけた。広告代理業に携わりながら、40歳の時に渋谷に童話屋を開店。谷川俊太郎、安野光雅と交わり、ついに本屋に飽き足らず、自ら出版を決意したらしい。「葉っぱのフレディ」がこの童話屋。センスが抜群なのだと思う。

子どもたち、詩を読みなさい。自分の存在に疑問を持ったら「くまさん」「ぼくがここに」(まど・みちお)を、友達との関係に悩んだら「聴く力」(茨木のり子)を、恋しい人ができたら「鳩」(高橋睦郎)、この人と一緒に生きていこうと思ったら「祝婚歌」(吉野弘)を、どう生きたらよいかわからなくなったら「表札」(石垣りん)「わたしを束ねないで」(新川和江)を、考えることをサボってすれっからしになっているなと気づいたら「奴隷根性の唄」(金子光晴)を。こんな具合に子どもたちに詩を勧める。

どのくらい知っているか、があなたの感受性偏差値。

学生時代に出版事業研究会なる変なグループの周辺にいて、集英社の就職内定も取れていたこともあり、出版界への興味は続いている。幻冬社の見城徹は毀誉褒貶激しいが出版界の天才であろう。出版で、一発当ててみたいという野心だけはいまだにくすぶっている。ロマンとソロバンのバランスをどう取るか、が成功の秘訣。童話屋はその成功例と見ている。

ここはその童話屋にエールを送って、ぜひ一冊を。そして頃は秋。詩集をポケットに出かけるのもいいのでは。次の詩はお気に入りのひとつ。

「もう すんだとすれば」
まど・みちお詩集 「くまさん」から

もう すんだとすれば これからなのだ
あんらくなことが 苦しいのだ
暗いからこそ 明るいのだ
なんにも無いから すべてが有るのだ
見ているのは 見ていないのだ
分かっているのは 分かっていないのだ
押されているので 押しているのだ
落ちていきながら 昇っていくのだ
遅れすぎて 進んでいるのだ

一緒にいるときは ひとりぼっちなのだ
やかましいから 静かなのだ
黙っている方が しゃべっているのだ
笑っているだけ 泣いているのだ
ほめていたら けなしているのだ
うそつきは まあ正直者だ
おくびょう者ほど 勇ましいのだ
利口にかぎって バカなのだ
生まれてくることは 死んでいくことだ
なんでもないことが 大変なことなのだ

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