社会的不適応者

「権不十年」と唱え、細川護熙元首相は熊本県知事を2期務めて身を引いた。朝鮮の古い格言「権腐十年」を、「腐る」は表現がきつすぎるからと「不」に置き換えたもの。こんな身の処し方もあるのかと、その潔さに誰もが唸ったものである。今は新聞、テレビにも目を通さず、箱根湯河原に隠棲し、晴耕雨読、陶芸三昧の毎日らしい。ところが、腐敗するのは権力だけではなく、対極にいる弱いシモジモ(下々)もまた腐敗するという。朝日新聞の「時の墓碑銘」で、小池民男コラムニストがエリック・ホッファーの「魂の錬金術」から引用している。「権力は腐敗するとしばしば言われる。しかし、弱さもまた腐敗することを知るのが、等しく重要であろう。権力は少数者を腐敗させるが、弱さは多数者を腐敗させる」。
 枕元に積み上げられたままだった「エリック・ホッファー自伝」(作品社)がこのコラムをきっかけに日の目をみることになった。後輩が退職記念に贈ってくれたもので、いかにも翻訳という生硬さもあり、手を伸ばしかねていた。
 数奇な人生である。5歳で母を喪い、7歳で突然失明、15歳の時に偶然に回復する。またすぐに目が見えなくなると思い込んでいたので、目を酷使することに躊躇することなく、それから3年間朝から晩まで本を読んで過ごした。彼の家系はみな短命で、50歳以上生きた者は一人もいない。「将来のことなんか心配することはないのよ。お前の寿命は40歳までなんだから」といわれ続けた。18歳で父を亡くしたのを機に放浪生活を始めた。カリフォルニアでの季節労働であり、波止場での沖仲仕であった。
 彼の社会的な不適応さを示す端的な事柄が挙げてみよう。ひとつは、オレンジ売りの日雇い仕事。勝手口をノックして売りさばいていくのだが、野菜箱を掃除したり、紙で列を作りきれいに並べるサービスが受けて評判となり、最高の売り子になった。しかしふと深い疑念が浮かぶ。恥辱といっていい。平気で嘘をつき、お世辞をいい、売るためには何でも、時に人殺しさえ厭わないのではとの思いだ。物を売ることは精神を腐敗させる元凶だとする。堕落しやすい自分であるからこそ、誘惑を避けることも学ばねばならないとすぐに手を引いている。いまひとつは、好意と期待を寄せる彼女との関係だ。カフェテリアのアルバイトをしている時に、大学院に通う女子学生ヘレンに出会う、日々話すほどに彼女は彼の学識の深さに驚き、一緒に研究をすれば、きっと成功すると持ち出す。その期待感に応えようとする自分ノ将来が惨めに見えてきて、何も告げずに再び放浪生活にもどっていく。
 そんな彼はこういっている。「社会に適応しえぬ者たちは、その固有の自己嫌悪から生存競争よりもはるかに強いエネルギーを放出する。それこそが人間の運命を形作るうえで支配的な役割を果たしており、弱者が生き残るだけでなく、時として強者に勝利する。これこそ人間の独自性である」。不適応者の情熱が歴史を動かし続けている、というのだ。
 因みにエリック・ホッファーは1983年に80歳で亡くなっている。人生80年と最初から擦り込まれなかったのがよかった。人生40年といわれれば、ニートと呼ばれようが何ということはない。そして労働観だ。仕事を意義あるものとする考えを捨てろといい、1日6時間、週5日以上働くべきではなく、本当の生活が始まるのは、その後なのだ、と断言する。これだと、大学はすべて夜間開講でよく、親の収入格差が子の教育に影響を与えることもない。卓見といえるのではないか。
 さて、弱者の腐敗である。わが日常にも腐敗臭が漂っている。弱者老人の連帯が意外に難しい。まず照れくささ、嫉み妬み、こらえ性のなさ、コミュニケーション力不足など挙げればきりが無い。辺見庸の怒鳴り声がむなしく響く。自衛隊派遣が決まろうが、憲法改正の動きがあろうが「困ったものです。この国はこれからどうなるでしょう」くらいに空々しくいってみせ、早寝早起き、散歩に、定期健康診断・・・。ああ、わが堕落よ。

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