潮目

そういえばこんな人もいたな、と自分の迂闊さに驚く時がある。「これだけまっしぐらに改革路線を進んでくださるとは思いませんでした。普通は攻撃されるとグラグラしますが、彼はほとんど揺れない。疲れを知らない体力、気力もすごい。でも初当選後は、わざと波風立つようにやっているようで、イヤになったらやめちゃうんだろうかと、応援側にも敵方にも思われていました」。長野県知事に田中康夫を担ぎ出した八十二銀行の茅野實さんの知事評である。当時は頭取で、いまは会長。この人がいなかったら、田中知事は生まれていない。「多分落ちますが、覚悟の上で決断してください」に、田中康夫はうなずいた。そして、すかさず支持を公言した。県の指定金融機関のトップが、副知事をかつぐ県庁、議会、市町村、建設業界を向こうに回してやろうというのだから、大変な決断であった。恐らく選挙結果が逆であれば、辞任に追い込まれていたであろう。それだけでは済まずに、歴史が逆回転して、公共事業はやり放題、選挙は完全に利益誘導、その上に対立候補を出させない恐喝がまかり通る。そして、そのことに誰も声を挙げない事態に陥っていたかもしれない。

モノの動きには必ず潮目というのがある。その潮目にしかるべき筋目の人が旗幟を鮮明にした時に、潮の流れが変わる。しかし、誰も潮目が見えないし、筋目の人とは誰かわからない。いや、人だけに限らない。源平合戦の屋島の戦いでも、平家の不運はその自然の潮目にあった。天変地異もまた潮目を変える道具立てになる。おそらくほとんどの人間にはわからない。みんなが後付けで講釈しているだけなのである。

この茅野さん、昨年の不信任を受けての選挙戦では公には動かなかったが、終盤のある集会に顔を出し、やはり決め手の発言をしている。「ひとつだけ言いたい。知事の仕事に全力投球を」。洞察力というべきであろうか。政治参加は、職業はどうであろうと、これは基本的人権と割り切る。参加のタイミングがまたいい。天性の勘であろう。

この人は環境にも見識を持っている。自らごみを集め、車は持たず、使い古したホンダのバイクを愛用、バス・電車で移動する。そして長野県環境保全協会を立ち上げ、自ら会長に就任して環境管理の国際基準取得や、植樹する企業、個人を応援している。会社、地位、年齢に縛られない市民の生き方を示している。ひるがえってわが身を思うとき、何ときょうだ怯懦な生き方なのかと恥ずかしくなる。

今ひとつ、潮目といえば、株価の潮目。先週来の高騰をどうみるかだ。日本経済を悲観論だけでもう駄目だといっていた男が、急に元気を出し始める。またかってバブルで踊らされ、泣く泣く捨て値で見切り処分をした男が悔し涙を忘れて、性懲りもなく市場にはいってくる。東証のシステムがパンクするということは、そんなことを示している。人間というのは本当に愚かな動物である。

ところで先週言及した尾道で、また一人が自殺に追い込まれた。尾道市教育次長の山岡将吉さん、55歳。教育長は過労入院して職務代行をしていたという。異常な事態である。その前に右翼が広島県日教組事務所に街宣車で突入したという記事も目にした。広島県知事は何をしている。尾道市長は、中国新聞は。

そういえば遠山文部大臣の存在感の無さ、というより官僚のいいなり、事なかれを恬として恥じない覇気のなさには呆れる。

ああ、教育界の潮目はいつなのか。

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