革命バカ一代 

晩節は汚すべからず。それほど立派な人生とはいえないが「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」という思いは持っている。そんな思いのところに、今年の棹尾を飾るにふさわしい書に出会った。12月27日、帰省ラッシュにぶつかり、東京駅周辺で4時間過ごさなければならなくなった。とりあえず10時の開店と同時に八重洲ブックセンターに入り、昼飯までぶらぶらすることにしたのだが、4階の新刊話題書コーナーでその1冊の背表紙が光って見えた。「革命バカ一代 駐車場日記~たかが駐車場、されど駐車場~」(1500円)で、著者は塩見孝也となっている。赤軍派の塩見ではないか、こいつまだ生きていたのかと訝(いぶか)りながら手に取った。「あの伝説の男が帰ってきた。それも革命的シルバー労働者として!誇り高き駐車場管理人として!全国のシルバー世代、全共闘世代に送る熱いメッセージ」。これが帯コピーである。発行は鹿砦社(ろくさいしゃ)とあるが、噂の真相に似た「紙の爆弾」という月刊誌を出している。与えられた4時間をこの本で遊んでみたら、という思し召しであろう。買い求めて2階の喫茶に席を取った。
 駐車場労働は、これまでの学生運動、非転向獄中闘争、出獄後の闘いを継ぐ、60歳代後半から70歳代にかけて選択した、何の見返りも求めぬ、これまでの生き様の継続である。賃金奴隷として実体験をしつつ、資本論―マルクス主義経済学を包括的に捉えぬく。全共闘世代の弱点は、挫折したあとすんなりと現存の資本主義体制の中にもぐり込んで適合していったことで、退路を断って闘う人の倫(みち)からいえば、いささか腑に落ちない。老いたる「日本のレーニン」の声はたどたどしいが、すべてを引き受けていこうという心意気は伝わる。
清瀬市営の駐車場にシルバー人材センターから派遣されての労働だが時給950円で、月10日間働き、平均4万5千円強の収入となる。職業革命家を自認してカンパで暮らし、デモや集会にどのくらい参加させたとか、機動隊をどのくらいへこませたとかの達成感とは別の、「この程度の労働」から得られる喜びは澄み切った心身の健やかさで満たされるという。
 この駐車場労働者に対して、その庶民感覚を尊重しながらもひそやかに団結と連帯を呼びかける。決して仲間に損失を与えず、裏切らず、助け合う。思いやりあい、信頼しあう、信義ある職場にしよう。マルクス、レーニンの組織論がこの現実とかすかに切り結び、社会政治闘争を闘おうと訴えているのだ。自主管理型のコミューンを創出するという決意でもある。
 そして「大義、親を滅ぼす」で家族に言及している。郷里は広島・尾道で、父親は開業医をしていた。赤軍派のよど号事件で、実家にガサが入り、父はそれで病気となり、68歳で亡くなっている。出所後、母と一時期同居をしたが、落ち着いてはくれず、結局は母の死に目にも会えなかった。両親が掛けてくれた愛情は無限で、混じり気なく、無償でしたと結び、親不孝がわが骨を刺しますと悔やみ続ける。
 70年に逮捕され、爆発物取締法、よど号事件の共謀共同正犯、破防法などで起訴されて80年懲役18年の判決が出、結局19年9ヶ月の獄中生活を送り、89年に出所している。塩見の晩節は07年に駐車場に出勤することで始まった。66歳である。
 さて晩節というが、そんなものはありはしないというのが実感だ。切れ目なく、年齢に関係なく、出来事が襲ってくる。地獄は一定というがその通り。降りかかる火の粉を払い続けなくてはならない。その裁き方に智慧が必要になってくる。その智慧をいつ獲得するかで、その人の人生がかかっているように思う。
 いつしか年の瀬となった。どうかいい年を、と祈りつつ今年最後のものとしたい。

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