終の棲家・考

年の始めなのに恐縮だが、下り坂の話題だ。あなたはもう高齢者です、2階の寝室を1階に移すべきです。この助言がくすぶっている。いよいよ終の棲家の準備に入れということらしい。そんなこともあり、「これがまあ 終の棲家か 雪五尺」と小林一茶に思いを馳せつつ、どんな選択肢があるか考えてみた。
 最も現実的なプランであるが、10年くらい前だろうか、終の棲家というのはこういうものだろうと感じ入ったことがある。入善町に父の畏友・柏原常三さんを訪ねた。父が90歳の時で、これが多分最後だと思うから、連れて行けと命じられた。先年亡くなっておられるが、入善で旅館を営んでいた。屋根雪を降ろしていた時に、誤って屋根から転げ落ち、脊髄を損傷して下半身が麻痺してベッド上の暮らしだった。父とは戦前、朝鮮全羅南道光州で一緒だったのだが、囲碁、将棋、麻雀に滅法強いと聞いていた。その通り風貌は古武士然とした勝負師のもので、部屋にもそんな風格があった。
 8畳のスペースにベッドを置き、ベッド上で旅館の経理作業をこなし、大好きな碁は卓上にあって、相手は折りたたみ椅子をベッドのそばに持って行き、相手をする。そして押入れだが、きれいに改造されてトイレになっていた。車椅子で入れるのだ。極めつくした合理性を感じた。
 最期はひとりである。押入れトイレでの孤独死がすぐ思い起こされるが、それほど忌避することでもない。敬愛する詩人・茨木のり子もそうであった。遺書や死後の段取りなどを書き残しておけば、さして恐れることではない。
 さて、ちょっと努力がいるプランである。寂しがり、痛がり、怖がりを標榜するわが世代も意外に多い。そんな弱たれで、しかも鰥夫(やもお)、寡婦(やもめ)が集まって住めばどうかという考えである。つまり終の棲家コーポラティブハウスで、10人前後がいいところ。トイレ付き個室が絶妙に配列され、中心にカフェ&食堂、離れて共同風呂がある。
 ここのみそは隣接して富山型デイがあることだ。このコーポラティブハウスは受け身のものではない。健常な時はそこで働く、つまり、介護をする側になる。それが徐々に介護を受ける側に変わっていくシステムだ。富山型ディだから障害を持つ児童もやってくるし、時に心を病んだ若者がやってくるかもしれない。彼らとの交流が生きるエネルギーを与えてくれることは間違いない。その労働は無償ではない。時間給にして300円くらいはもらえる。月100時間働けば3万円となり、貴重な小遣いである。
建設資金であるが、法人を設立し、ひとり1500万円程度をそこに出資する。資本金1億5000万円は建設費等に充てる。自分が入居すれば家賃5万円を支払い、食費光熱費を加えてほぼ15万円の生活費。富山型ディも家賃を支払うテナントだ。これらの経営も入居者でやらなければならない。時に認知症社長の出現となるかもしれないが、余裕の会社ごっこもやってみようというわけである。
 次に消極的な選択となるが、有料老人ホームか、サービス付き高齢者住宅だ。プログラムされた医療介護サービスの堅苦しさに縛られて、従順を強制されるのは真っ平御免である。たとえ、ひとり居であろうと、「こんな夜更けにバナナかよ」(渡辺一史著)よろしく当事者主権を主張し、逝きたい。そんなわがままが許されて、遠巻きに見守ってもらう。前者は前払いで、後者は賃貸、その都度医療介護サービスを支払っていく。ホーム選びがポイントとなるが食事を重視したい。なんといっても最後の楽しみは食事である。コストだけでは解決できない。施設の1日3食のコストは平均1500円だが、冷凍食品中心とならざるを得ない。おばちゃんのまかないが恋しくなる。この不満、ストレスは大きい。悩む前に次の2冊を薦めたい。「やっぱり終のすみかは有料老人ホーム」(滝上宗次郎著・講談社)、「終の棲家を求めて」(中村美和著・幻冬舎)。
 そして最後の選択だが、「自死という生き方」(須原一秀著・双葉社)も読んでおきたい。見るべきほどのことは見つ、いまはただ自害せん。平知盛にならうも良しだろう。

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