師走雑感

師走で気忙しいはずなのに、ぽかんと時間が空くことがある。12月23日、東京駅までぶらぶら歩くつもりだったが、有楽町にあるビックカメラの前、長蛇の列で殺気立っていた。「私、日本人よ。どうして駄目なのよ」と息巻く中国系の中年女性。係りの店員は、頑として応じない。「バカヤロー」の捨て台詞を吐いて、駅方向に消えていった。任天堂ゲーム機「Wii」の発売シーンである。中国で高く売れるらしく、グループで必死に追いかけている。予告なしに発売を始めるので、マニアはこの店あの店と見当をつけ、携帯で連絡し合って駆けつける。時計を見ると、11時半。店員に聞くと、ざっと見渡して、1時間も並べば買えるでしょうとのこと。ソフトなしの単体で2万5千円、財布を確認して並ぶことにした。隣は3歳の女の子を連れた母親。携帯で父親としきりに連絡を取り合っている。しばらくすると、ソフトの注文を書き込む用紙が配布された。「3歳以上なら買う権利があるのですが、どうされますか」と係員が問うと、1台でいいとその母親は応えている。
 とにかく静かに列が進むのを待つしかない。紙袋から「フイナンシャルタイムズ」を取り出す。東京では必ず買うことにしている。見出しは「サハリン2」。開発の主導権がロシアに移った経緯なので、何となく追っていける。後の若者は怪訝そうに見ている、このおっさん本当にわかっているのかいな、そんな風だ。
 さて、この対極にある、わが現実だ。このように消費者が追い掛け回す商品がある反面で、市場を捕まえることなく、大量在庫を抱え、撤退を余儀なくされる商品も多い。イムニタス・マスクはどうか。任天堂は運を天に任せる、といった思い切りの良さを社名に込めている。わが小社も運を天に任せて、10日に発売した。読者からは、わずかに1件しか反応がない。ワンフレーズで説明できない、説得納得型の商品なのだ。得意とする押し売りが効かない。「おい、飲むか」と声をかけるも、危険を察知して寄り付かないのだ。高校同期の中年オピニオンリーダーによるアナウンス効果も、反応ゼロ。せっかちな中年男には、じっくり型が合わないのだ。売る手法を模索するしかないのだが、市場からは微かな光明もほの見えている。
 女子高校生からだ。扁桃腺が弱く、いつも風邪に悩まされるタイプ。3日間口元が煩わしかったが、のどの感じがすごくいいので、毎日装着している。一方、30台の独身OLだ。帰宅してテレビを見ている時も付けていると、スペア用の注文が舞い込んだ。そして、70歳に手が届く、でっぷり酒好きタイプ。何と20個の注文が届いた。硬い岩盤ニーズに届きそうな予感もする。でも、それはちょっと深めに沈んでいるようだ。頭を悩ます日々だが、こんな時は、現場である。日々、人にあたり続けるしかないのだ。必要なのは、執念に近い粘り強さである。何よりも、この企てを聞いて、鼻でせせら笑ったあの男を見返すまでは引くに引けないのだ。こんな没知性的な対応も、力になる時がある。とにかく、来年の大きな課題であることに間違いはない。
 いまひとつの現実はどうか。ナラティブホームが実現に向けて、一歩前進した。まだまだかいくぐらなければならない障害は多い。数億円は要するプロジェクトだ。信頼できるコンサルタントと契約し、そこの了解を得て、収支を含めたシミレーションを公開し、地元有力企業に参加してもらうことにした。いわばナラティブをテーマにした公開研究であり、ビジネスヒントは参加企業が独自に吸収する。初の試みだ。「福祉でも何でも、もう行政に頼めば何とかなる時代ではない。みんなの知恵とカネで、ここまで考えた。その上で、行政に何が出来るか。そんな時代なのですね」と快諾してくれる企業が数社出現した。もちろん、企業経営者の危機感は予想以上であった。このまま手を拱いていては、企業存続さえ危い、という厳しい認識だ。まだまだ難関が待ち受けているに違いない。でも、進む中でしか見えてこないことも多い。
 というわけで、今年も暮れようとしている。恒例の餅つきは30日である。

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