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「MINAMATA」 - ゆずりは通信

「MINAMATA」

 伝説の写真ジャーナリスト、ユージン・スミスの1枚といえば、母に抱かれて入浴する胎児性水俣病患者のモノクロであろう。何も語る必要はない。1枚の写真が真実を突きつけている。しかし、この1枚は1998年にユージン・スミス夫人によって封印された。「(胎児性水俣病の)智子ちゃんに仕事をさせ、利用している感じです。自分が行動する代わりにあの写真が利用されている」。もう休ませてあげたいという理由である。その彼女が映画「MINAMATA」の最後の場面で、20余年ぶりにその封印を解いた。世界はいま一度この写真を必要としている。いま一度、世界に向かって仕事をしてください。

 記憶の底に潜んでいた写真を、この劇映画で見ることになった。なぜ、ドキュメンタリーではなく、劇映画にしなければならなかったのか。ウィスキーを片時も手放せない、もちろんカネもない落ちぶれた写真ジャーナリスト・ユージンと、彼に水俣を撮ってほしいと誘い、サポートし続け、妻となったアイリーン。このふたりの人間臭さを抜きに語れないものがあったということだろう。映画化を思い付き、推進したのはユージン・スミスを演じている俳優ジョニー・デップ。アメリカ映画界の多彩さと自由、そして底力を感じさせる。

 舞台は70年代のニューヨークから始まる。ライフ編集長と落ちぶれた写真家。ピークを過ぎた雑誌を何とかしたいと焦る編集長は「君は史上最も厄介な写真家だ」といいつつ、手切れ金のように小切手を渡すが写真家は破り捨てる。ジャーナリストと編集者の関係はこんな緊張の綱渡り。水俣の写真を持ち込んだアイリーンも編集者であり、写真家を動かせるかどうかと賭けに出た。水俣に居を移し、掘立小屋に現像器具を持ち込む。病院に潜入して、ベッドで苦しむ患者の撮影にも挑んでいく。現像液を手のぬくもりが隅々に行き渡るように浸す、祈りにも似た作業だが、写真には欠かすことはできない。しかし、チッソの妨害策も暴力の限りを尽くす執拗さだった。この現像小屋が放火されるという絶望的な仕打ちを受け、千葉の五井工場で暴行を受けて重傷を負い、帰国も視野にはいる。それを立ち止まらせ、シャッターを切らせたのは、水俣から逃げられない被害者家族たちである。もう一度、あなた達のありのままを撮らせてほしいという提案に、家族たちはうなづく。

 なにげないお昼の会話の中で、この映画は見た方がいいですよと勧められた。勧めたのは民放のカメラマンH氏で、さる介護施設で昼食を食べる仲となり、いろいろと教えてもらっている。そういえばH氏はユージン・スミスを理想としているのかもしれない。

 大っぴらにいえないが、自分の卑劣さを思い知らされたシーンがある。ユージンが無理やりチッソの社長に引き合わされる。社長は自社の製品が日本の発展にとってどれだけ重要か、またPPMの単位を持ち出し、犠牲は最小限で科学的な因果関係も乏しいと力説し、ユージンに5万ドルと引き換えにネガを渡してくれと迫る。社長を演じた國村準の迫真の演技に、ひょっとして5万ドルを受け取っている自分を想像したのだ。公益の前に、多少の犠牲はやむを得ないのだという論理。

 実は子宮頸がんワクチンが再び奨励されることに懸念を抱いている。昨年末、子宮頸がんワクチンの副反応で、ベッドでのた打ち回る少女の映像に衝撃を受けた。ワクチン接種の副反応と子宮頸がんを免れる利益を比べたら、接種のプラスが大きいとする論理だが、チッソの社長の論理と似ている。

 子宮頸がんワクチンの副反応で苦しむ少女の写真をユージン・スミスが撮ったら、世論はどう動くのか。そんな疑問が浮かんできている。

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