「暴君」。疑問の組織論。

 裏組織に支配されている企業、といえば分かりやすい。裏組織にすれば、企業はその道具に過ぎない。最新刊「暴君」(小学館)は「新左翼・松崎明に支配されたJR秘史」を副題にして、77歳の元日経記者・牧久が現役時代にタブー視されてきたこの関係を暴き尽くした。新刊広告を見て、やはり読まねばとなった。松崎明は戦後労働運動の高揚に勢いを付け、そして返す刀でとどめを刺すという理解しがたい動きをした男である。

 今も鮮明に記憶に残っている光景がある。70年安保闘争のピーク時に行われた代々木公園での大集会。エイサーエイサーと掛け声とともに数百人の青年労働者が、鉄道機関士の制服制帽姿で一糸乱れずに、10万人に及ぶ集会に後方からなだれ込んできた。まるで演劇でも見るような度肝を抜く演出に、動労青年部の鮮烈なイメージが刷り込まれた。この初代青年部長こそ松崎明であり、稀代のアジテーターとして国鉄動力車労組を戦闘的な組織に鍛え上げ、国鉄のスト権闘争では先頭に立っていた。そして、松崎のもうひとつの顔が新左翼・革マル派副議長であること。革マル創設者・黒田寛一の反スターリン思想に共鳴し、労働運動の中でその理論を実践してきたともいえる。友人が大学時代に革マルのリーダーとして活躍し、内ゲバが猖獗を極めた時は鉄のバールを脇に置いて寝ていた。それほど掻き立てるものは何なのか。疑問でもあり、自らの軟弱な日和見人生に自己嫌悪感を抱いてもいた。

 その動労が86年7月、裏切りともいえるコペルニクス的な大転換で国鉄解体の主役を演じたのである。鬼の動労が、国家権力に自ら擦り寄り、国労つぶしの先頭に立ったのだ。そして、あれよあれよという間に新生JR体制の中で、松崎はJR東日本労組を自在に操り、経営方針・人事までもほしいままに動かす「影の社長」と呼ばれる存在となっていった。

 重大な裏切り行為の根拠になったのが、革マルの組織論だ。松崎のコぺ転表明の2年前に、革マル中枢で分割民営化は避けられないと判断し、組織温存と拡大戦略が決定されていた。味方の力量が弱小な時代は敵の組織に「潜り込み」、「乗り越え」、敵組織の内部から「食い破る」こと。もうひとつが「敵対勢力に先手を打って積極的に排除し、戦う組織を防衛する」という積極攻撃型組織防衛論で、このふたつの戦略・戦術論が基本となっている。はっきりいえば、政治的な陰謀も、時に裏切りも、躊躇なくやるということ。小児に似た正義感を振り回し、自滅するのは愚か、東大安田講堂闘争も機動隊突入前にさっと引き揚げた。確かに国労も、全共闘も消えていったが、温存した組織は新たな地平を切り拓くことができただろうか。

 JR東日本労組は革マルの人材及び活動資金の供給先となったが、権謀術数に明け暮れ、10年の松崎の死もあって、18年には労組脱退者が3万人を超え、存続の危機となっている。組織防衛になりふり構わぬ横暴に大衆はあきれ果てていた。そこに権力がつけこんで切り崩す。革命という大義の前には何でも許されるという論理は通じない。確かに強大な国家独占体制に立ち向かうのに、素朴な対抗手段では蹴散らされ、抑圧されるのは見えているが、元々は味方である国労や末端管理職の人権を脅かしていいわけがない。反スターリンを掲げながら、組織防衛のためと称して無辜なる人々を苦しめてきたスターリン主義に陥っている。

 一方で他のJR労組はいいかというと、対極の資本のいいなり。JR西日本の福知山脱線事故が象徴で、思想統制のもと安全性を無視して、寸秒を争う厳密ダイヤを強制した結果である。JR東海はあり余る余剰資金をリニア中央新幹線に巨額を投じ、自然破壊に狂奔している。

 こんな荒廃した労働界の光景を、革マル創設のふたりはどう見ているのだろうか。

 

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