ストーリーでつなぐ経営

生まれて初めて美容院なるもので髪を切った。大学前の小さな店で、三男の親友が開店したのである。小6の時にフットサルで全国大会に出場した仲間だ。大学進学をせずにこの業界に飛び込み、東京での10年に及ぶ修行を終え、28歳での起業。夫婦で切り回すというが、秋には子供が生まれる。心情的にも応援せざるを得ないが、この業界は実に厳しい。ライバル店は多く、超格安全国チェーン店もあちこちで見かける。前途は平坦ではなさそうだ。そこで友人から薦められていた「ストーリーとしての競争戦略」(東洋経済新報社)を読み始めることにした。楠木建・一橋大学大学院国際企業戦略科教授が自分の語り口のまま綴っていて、既に10万部を突破している。この場合のストーリーはNARRTIVE STORYと英訳する。わがナラティブホームもそうだが、対象へのアクセス手法としては同じように思えた。
 「誰に」「何を」「どのように」。この3つが経営戦略の要素だが、この美容院はこうです、とコンセプトを明確にして、普段のつきあいの中にある現実から、つかみとるように戦略ストーリーを紡いでいかねばならない。こうなるだろうとの楽観は許されない。
 経営戦略とは、持続的に利益を獲得し続けることに他ならない。まず利益が得易い分野と得難い分野があれば、当然得易いところに進出すべきである。独占状態で新規参入し難いところだが、美容院業界はその対極で、最も困難な分野となる。さて、どんな打つ手があるのか。「ストーリーとしての競争戦略」から拾い出してみた。道は遥かに遠いという感じもするが、ヒントになることは確実である。成功に潜む「非合理の合理なるもの」とは何か、その本質を理解するしかない。
 スターバックスの例であるが、ゆっくりコーヒーをいれ、ゆったりとした椅子の配置、ほどよい距離感の接客態度、とにかく客を急がせない。客の回転を急がせて売り上げをあげようとする合理とは反対である。店舗、従業員教育の投資もリスクである。しかしそれが決めてとなって、他の模倣追随を許さない。老人も読書に、デートに利用している。
 次にホットペッパーだが、どうして成り立っているのか不思議に思っていた。零細な飲食店が営業にくる若者に時間を割いてくれるのだろうか、の疑問だ。決め手は、プチコンサルティングといっているが、あなたの店を広告表現すればこうなります、というものを持参して注意を引く。また一人屋台方式といって、営業もすれば、新規開拓も既存顧客のリピート訪問も、集金もとなんでもひとりでこなす。日々飛び込みも含め20件訪問し、3回連続掲載を目指す、と呪文のように唱え、それを自ら広告表現に結びつけ、店主と店の危機感を共有していく。確実な紙媒体で信用をつなげて、ネットへと誘導していくのだ。
 アマゾンはどうか。さすがに老人も本の購読はアマゾンにするか、という時がある。即日に手にしたいという期待を裏切らない。Eコマースは身軽さが身上で、それで稼ぎ出すという常識であったが、巨大な物流センターとオペレーションに必要な従業員は全く逆行するモデルである。赤字続きで危ぶまれたこともあったが、巨大な倉庫でのピッキングとパッキング技術は他の追随を許さず、確固とした基盤を確立した。創業者のベゾスは永遠に不滅な企業となったと自負している。
 さて美容院だが、通りがかりの学生だ、近隣の富裕なシニア層だと、わかりやすいターゲットにすぐに飛びつかないことである。すぐに効果がある手法はすぐにライバルにもっていかれてしまう。そんなバカなことがという不合理を、なるほどという合理に落とし込むストーリーを編み出さなければならない。暇な時は道路に出て、カードを配りながら、必死になって「誰に」「何を」「どのように」「なぜ」を考えるしかない。

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