詩人まど・みちお

師走の話題はこんな人に限る。詩は「つくる」っちゅうより「生まれる」という感じがしますという。ちょっと口ずさんでみよう。ぞうさん/ぞうさん/おはながながいのね/そうよ/かあさんもながいのよ。確かに、この詩は生まれている。「いちねんせいになったら」も、入学待ち遠しい子どもの気持ち、親の思いが生ませたものである。この詩人、蚊のオナラ、ノミのアクビも描く。画家の熊谷守一に通じている。谷川俊太郎が、こんなにやさしい言葉で、こんなに少ない言葉で、こんなに深いことを書く詩人はただ一人だ、と評している。まど・みちお、96歳。本名が石田道雄、窓が好きだったらしく、北原白秋がいい名前だと褒めている。
 集英社がbe文庫で12月25日に発売した「いわずにおれない」。小田急線新百合ヶ丘駅前の喫茶店「豆助屋」でのインタビューを中心に構成している。
「謙虚なんかじゃないですよ、ほんとにダメだからダメだと言っているだけなんです」。96歳の詩人は、隣の席の女性が振り返るほど大きな声で自らを否定した。「だいたい私はね、いのちの尊さをずっと詩にしていながら、第2次大戦中に2編も戦争協力詩を書いとるんです。しかも、ある方に指摘されるまで、そのことを戦後すっかり忘れておった。今となっては、当時の子どもたちにお詫びも何もできないから、とにかく世の中の人に知らせて罵倒していただこう、糾弾していただこうと、全詩集に戦争詩を載せたんです」「いつまたどんなことをするかもわからん。ですから、自分がぐうたらなインチキで時流に流されやすい弱い人間だということを、自戒し続けなくちゃならんのです」。
 また、83歳で理論社から「まど・みちお全詩集」を出しているが、いつまでも校正刷りを戻してくれない。編集者がひったくるように受け取り、出版に漕ぎ着けた。その新刊にすぐに鉛筆で書き込みをいれ、増補,新訂版で直している。「自分が本当に感じている一番大事なものにまだ近づかない、それどころか遠くかけ離れたものを書いとるっちゅ感じで、それを繕うて繕うて、つじつま合わせをしたがることが多いんです」。神経症と紙一重のところで書いているのである。それに比べてわが拙著の軽さよ、と思わざるを得ない。
 さて、この1年。見落としてきたことがいっぱいあるが、ニューヨークタイムが靖国参拝を「無意味な挑発」と論じたこともそのひとつ。内田樹もアメリカから見た靖国が抜け落ちていると指摘している。そして、参拝支持の安倍晋三が小泉後継の一番手とする世論調査。安倍が数年前に訪米した時の、米の厚遇ぶりも重なって見えてくるものがある。日本と中国の距離は、アメリカの思惑に左右されているのではないかということ。その格好のカードにされているのが靖国参拝としたら、そして米国が参拝けしからんといい出したら、誇り高い?靖国支持に連なる面々はどうするのであろうか。抑圧的寛容の中で、内弁慶的政治の枠組みの限界も見て取らねばなるまい。
 いまひとつは医療費の問題である。人間一生の医療費のうち、約半分が死の直前6ヶ月の内に費やされている。もちろん平均だからどのような病気になるかで異なるが、万一アルツハイマーや脳血管障害による認知症になったならば長期間の出費が余儀なくさせられる。医療費改定が制度だけでひとり歩きし、勘定だけあっているが,荒廃した医療現場がそこに現れたとしたら、大きな悲劇にほかならない。増税は避けて通れないとすれば、理想に近い医療制度を目指す論議の方がいい。経費削減論は聞こえはいいが、削減幅が極めて小さいのにそれだけで解決するような錯覚を植えつけ、弱いものいじめの卑しい論議に終始するだけだ。権力だけがほくそ笑んでいる光景は見たくない。
 恒例の餅つきは25日にすませた。今回は若い連中も多く参加してくれ、スムースな世代交代を予感させるいい餅つきだった。

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