「虚人の星」

自分が自分でなくなる。例えばスピーチを頼まれた時に、こんなに雄弁な自分であったかなと思ったり、気の弱さから迎合するように、思いとは全く違うことを話してしまう時がある。これは一種の解離性障害であろう。標記の「虚人の星」(講談社刊)は、久しぶりに新宿・紀伊国屋書店で購入した。著者・島田雅彦はサヨク作家と呼ばれているが、東京外語大ロシア語科在学中に執筆した「優しいサヨクのための嬉遊曲」は知っていたがこれが初めて。しかし、誰にでもある解離性障害を捉えて、サヨク老人に微かな光明を与えてくれる快著であった。政治をこうしたパロディ風の小説に仕立て上げる手法は、著者の才気のなせる技であり、強い危機意識だ。ここはぜひ、堂々たる島田雅彦の檄に耳を澄ませてほしい。
 ストーリーはこうだ。中国のスパイにさせられていく主人公・星新一の物語を縦糸にし、横糸に世襲総理の暴走と苦悩を織り込む。世襲総理はアベシンゾウに憑依して書いている。彼の中にはドラえもんとのび太が共存している。米大統領と初めて出会った時に初めて自分の内にあるドラえもんに気付いた。何ら臆することなく、堂々と渡り合えた。ドラえもんは当然強気の極右、対米従属は当分抜け出せないと判断し、先回りしてアメリカに取り入り、中国に対して及び腰なら、日本がその背中を押してやり、一戦交えることも視野に入れるべきだと主張する。中国の膨張はますます進み、遠くない将来日本が中国の属国になってしまう危険は現実味をおびる。それなら米の軍事力が圧倒している段階で、先制的に雌雄を決するのも選択肢だと。この危ない賭けにはこの世襲総理よりも、実力官房長官を頂点にした黒い組織がのめり込んでいる。世襲総理の本質はのび太で、どうも自分の思いとは違う方向だ。オレは踊らされているだけだはないか、と迷い始めていた。
 一方、星新一は父が出奔し、母の手で育てられるがカネには困らず、奔放な母にいい寄る男たちにちやほやされる。学校では友人が出来ず、いじめにも遭う。そんな中で違う人格が自分の中に寄生してくる「ドルーク」が現われて、それは野人であったり、賢人であったりと多様で、それらのドヌークに操られながら生きていくことになる。母にいい寄る一人が精神科医で、そのことを話すときちんと説明して、納得せざるを得なくなる。新一が外交官試験に合格して外務省に入るのだが、北京大使館勤務になった頃から、中国側の諜報組織に入っていく。実はこの精神科医こそ、日本での中国側スパイ組織のトップだった。この組織も中日が一戦交える方向に進んでいた。中国は抗日戦争では消化不良で、完全にぶちのめしてやりたい思いが強い。思いがけなく新一が首相官邸で秘書官として世襲総理に仕えることになり、大きく展開する。
 奇妙に日本の黒い組織と中国の思惑が合致して動き出して、一触触発という状況で世襲総理にのび太の弱気が襲う。最終的には米軍が動かないのではないか。再びの日本敗戦にオレが手を貸すことになるのではないか。
のっぴきならない状況の中で、星新一は母からとんでもない事実を聞かされる。あんたと世襲総理は父親が同じ異母兄弟であると。どんでん返しは星が思い付く。首相の単独会見を開き、用意された原稿とは全く逆のものを読みあげる。「総理大臣は国家の陰謀を進める主体ではありません。同盟国アメリカに利益を誘導したり、国内の特定思想団体の理想を実現することも本来の職務ではありません。国民の権利と安全を守り、わが国が最良の未来を選択できるように配慮するもの、それが総理であります。日本を二度と敗戦させません」。
 著者の弁もあわせて紹介しておく。虚人の星を連載していた時期は安倍極右政権と重なる。作中の総理のモデルは安倍晋三ではないが、安保法制を巡る国会答弁にしても、折々の総理の発言にしても、虚言やすり替えや誤魔化しのオンパレードで、このような支離滅裂な人物に国政を委ねること自体が国家存立の危機だと思った。戦後70年の年に是が非でも虚人の星を上梓しなければならなかった。スパイの星新一や世襲総理のように抑圧された自我を解放しさえすれば、何が正義かに気づくはずである。
 みなさん、ぜひ気付いてほしいし、この本を手に取ってほしい。

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