「辺境ラジオ」

2月14日午前9時25分から、時間にすれば7~8分ラジオ出演した。民間AMの北日本放送の生番組で木下アナに応える形であったが、市民公開シンポの案内とその背景についてしゃべらせてもらった(後日談は末尾に)。番組が終わるやいなや、シンポ参加の電話が5本鳴り響いた。電話番号をメモして聞いていた人がいるのだ。どっこいラジオも捨て難いというのがよくわかった。思えば「お父さんはお人好し」「一丁目一番地」「三つの歌」で育った世代である。ラジオはまだまだいろいろな可能性を秘めている。コストも安上がりなのだから、果敢に挑戦し、試行錯誤してもっと磨くべきだという結論に達した。
 そこで見つけ出してきたのが「辺境ラジオ」。ちょっと目立たないマイナー本、いや辺境本だが、紀伊国屋富山店で老人の眼に飛び込んできてくれた。定価は1500円、発行は?140Bで大阪は堂島のビル4階にあり、これも辺境出版社ということになる。
 辺境ラジオを仕掛けたのは毎日放送(大阪)の西靖アナウンサー。71年生まれだから41歳の働き盛り、知的な軽さは電波媒体特有のものだろう。その口上である。
 みなさん日常的にラジオを聴く習慣はお持ちでしょうか?正直に申し上げて、ラジオ、それもAMラジオというのは、深夜ラジオが多くの若者の心を掴んだ時代は過ぎ、円熟期を迎えたメディアです(目一杯ポジティブな表現をすると、です・笑)。もはや家にパソコンはあるけれどラジオの受信機はない、なんて人も大勢いらっしゃると思います。でも、ラジオというのは実に魅力的な空間です。まずなにより、音声だけのメディアであるがゆえに、言葉の選び方、会話の紡ぎ方が自然と丁寧になります。昨今はテレビでもネットでも現実の政治の世界でも、オープンな場で口角泡を飛ばして議論し、正しい結論が導き出されるという手法がもてはやされますが、ラジオという場では少し違います。相手の矛盾を衝くのではなく共通点を探す。相手をさえぎって話すのではなく、じっくりと耳を傾ける。スタジオはオープンというよりもむしろ閉ざされた空間ですが、そのことがかえって話者の自由を保障する。そして、音声だけの不完全なメディアゆえにそれを補完するパートナーを求める。一番のパートナーが「リスナーの想像力」だといい、ネットや出版などとの親和性も高い。
 辺境ラジオはこの西アナのちょっとした思い付きから始まった。名越康文なる60年生まれの精神科医に、内田樹・神戸女学院大学名誉教授と一緒にラジオでトークセッションをやりませんかと軽い気持ちで持ちかけた。西はその時、内田とは面識がなかったのだが、名越はにやりと笑って「ぜひやりましょう」と内田に掛け合ってくれたのである。
「この番組は、アメリカや中国でなく日本、東京ではなく大阪、テレビではなくラジオ、すなわち中心ではなく端っこだからこそ見えるニュースの本質を語り合うラジオ報道番組です」と必ず前置きする。第1回の放送が10年11月で、3ヶ月からに半年に一度、しかも週末の深夜という「放送休止枠」に突然放送する。
それでも、辺境ラジオよかったです、と声を掛ける人も多かったというし、このトークを活字して出版するという広がりもいい。現実に本を手にしてみると型通りのものより余程面白い。何より、言葉がやわらかい。
 ここで提案である。自費出版があるのだから自費放送の発想で、放送休止枠を生かして、あなたも番組を作り、出演することもできます。プロデューサーがよく話を聞き、番組構成のアドバイスもしてくれます。希望の方はどうぞ、ということだがどうだろうか。
 さて、後日談だが、「あんた、上がっとったね。トチっとったし。やっぱりそんな年でも緊張するがやろね」と、いつも行くレストラン「ポテトボーイ」のマスターの評である。悔しい!自費放送でリベンジしなければならない。

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