アパの真相

名刺を引っ張り出してきた。「アパグループ代表 元谷外志雄」04年7月12日とのメモ。金沢市の犀川べりにある金沢本店で会った日付だ。会った瞬間から自分で際限なくしゃべり出すタイプだった。その日も、金沢・香林坊にある破綻した石川銀行本店跡地を買い取ったという、地元にとっての特ダネを無雑作に話し出す。その界隈に既にアパホテルが3軒もあるのに、更にという投資である。成算があるのかどうかよりも、権威筋から頼まれると、どうも嫌とはいえない性格らしい。どんな物件でも即断即決できる人間は自分以外にいないという自惚れ、とにかく世間に認めさせたい症候群のようだ。自分では気づかないコンプレックスの裏返しといっていい。帰り際に、細かい数字などで更に問い合わせをしたいので、担当の人を教えてほしいといったら、自らの携帯にいつでも、時間もかまわないという。信頼できるスタッフがいないということか、と訝りつつ、帰途についた。経営危機といわれ、耐震構造を偽り、レジオネラ菌・ノロウイルスなど衛生問題でも次々に致命的と思われる不祥事を重ねながらも、生き残っている。その上、松下興産の妙高パインバレー、西武の幕張プリンスホテルと100億以上の物件を買収していくのだから、誰しもその錬金術にどこか怪しいと思っている。
 そもそも成功のきっかけとなったのは、国鉄清算事業団とのつながりである。JR西金沢駅から金沢駅に向かう右側に、線路に沿ってマンションが建っている。JR駅のそばのアパ第1号である。国鉄が民営化されて、その売却できる資産は国鉄清算事業団に移され、売りに出された。貨物などの引き込み線に沿う狭く長い土地にどんな活用法があるのか、誰も思いつかない。そこに眼をつけたのが、彼の慧眼?であった。元総理なる人も一役買ったようにも聞くが、そこへのアクセス道路などで格段の配慮がなされたという。こんな事もいっていた。71年地元信金を辞めて、信金開発を名乗る不動産を始めたのだが、横に拡張する団地を、縦に開発すればマンションになる。マンションは長期滞在で、ホテルは短期滞在とすれば、同じ発想でいいのだという論理立てである。保有するホテルの客室が15000室に及ぶとすれば、稼働率が50%でも日々入ってくる日銭は月に10億を超え、年に100億を超えることになる。このあたりに金融機関も、乱暴経営に眼を瞑らざるを得ないものがあるのだろう。
 さて、アパグループの広報誌が月刊「アップルタウン」である。5万5000部発行しているというが、手に取る人間がどう思うかなどのかけらもなく、広報というよりプロパガンダというべきものだ。「日本を語るワインの会」と称する座談会での連載も65回開かれ、豪邸の応接間に記念写真よろしく政治家や田母神前空幕長などが元谷夫妻と納まっている。問題の懸賞論文は、この広報誌が呼びかけた。最優秀・藤誠志賞とある藤誠志とは、元谷代表のペンネームであり、佳作の賞品はアパホテル全国共通無料宿泊券である。田母神が職を賭して、自分の信条を伝える投稿先として選んだ媒体がこれである。もし佳作なら、6000万円の退職金を惜しんで、無料宿泊券で旅行する憂国の士となる。また、94人の自衛官がこれに応募した自衛隊の組織規律を思うと、この追従から生まれるものを想像しないわけにはいかない。極度に高まる緊張の中で、先制攻撃を選んだとしたらどうなるのだろうか。
 いま手にしているのは、11月20日を持って廃業しますという割烹からの通知である。いい材料を用意していても客が来なくなったのだ。主人の饒舌もつまみに呑んでいた、亡くなった友人と最後の盃を傾けたのもここだったな、と蘇ってくる。否応なく不況が押し寄せてきている。

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