「戦後史の正体」

これは読むべきである。アメリカからの圧力に対して、「自主」か「追随」か、のせめぎ合いの観点から戦後史を見直しているのだが、戦後に関する常識が、うーんそうだったのか、と覆ってしまう。薄々そうであろうと感じていたことが、数々の資料で裏打ちされて、やっぱりそうだったのか、と膝を打ってしまう。元外務官僚ながら、よく書いてくれたと思う。孫崎享(まごさき・うける)の「戦後史の正体」(創元社)だが、戦後の変遷が実によく見えてくる。
 敗戦後の占領政策の根底にあったのは、「日本人の生活水準は、自分たちが侵略した朝鮮人やインドネシア人、ベトナム人より上であっていい理由は何もない」と極めて懲罰的なものだった。軍事力を支えた産業を無力化させるのはもちろんのこと、終戦処理費という名目で、米軍駐留経費を乏しい国家予算の中から2割も3割も割かねばならなかった。これをGHQにおかしいと注文を付けたのが大蔵大臣の石橋湛山で、吉田首相が、それは困るぞ、とたしなめている。吉田が追随派の元祖という指摘で、吉田学校で連なる池田勇人、佐藤栄作もその分類となる。GHQといっても、民主化をすすめる派と共産主義との対決を重視する派、に分かれる。米国の国益感もあっという間に変わってしまうので、強圧的な脅しに近い圧力に屈したからといって安心ではない。
 格子なき牢獄といわれた占領時代だが、権力になびく、なびかせる誘惑、陥穽はいくらでも作られていた。占領軍の検閲に高度な教育の受けた日本人5000名が雇用された。預金が封鎖される中で月500円しか引き出せなかったが、彼らには900円から1200円の高給が支払われた。そして、すねに傷を持つ身として官界、学界、ジャーナリズム界と職を得ていくが、検閲に携わったという事実を公表するぞと米国の諜報機関に利用されやすい立場になったことは間違いない。
財閥解体を受けて、米国に協力的な新しい経済人を育成しようとして、米国の青年会議所をモデルに設立されたのが経済同友会である。当然親米路線だが、米側の意向を受けて経済界側から露骨に政治を牽制する新しい勢力となっていった。また、東京地検特捜部はGHQのもとで旧日本軍の隠匿資産を見つけ出すのが仕事のスタートであった。そんな出自を持った特捜部が、ロッキード事件、リクルート事件を手がけていくのだが、米国の謀略の匂いをかき消すことはできない。ことほど左様に、米国のソフトパワーは東大、京大への研究資金提供から、フルブライト留学資金など、何重にもわたって日米強化につながる資金提供が繰り出され、いまに続くとすれば、誰を信じていいかわからなくなる。
 48年に米ソ冷戦がはっきりして、日本をソ連の防波堤とする大きな戦略転換となった。岸信介は生来の権力の在り処をかぎわける嗅覚で、これで戦犯から生き延びられると察知していた。米国もこれを見逃すはずがなく、釈放されると欧州、アメリカ旅行をお膳立てして、ダレスは保守新党を作るなら政治資金を提供するとまで囁く。したたかな岸は権力奪取まではこれを利用するが、事後の交渉では米軍駐留の撤退にも言及する。この岸の反米に近い動きを見逃さず、60年安保という大衆運動に火をつけるよう仕向けたのもうごめく米国の策謀としたら符丁の合うことが多い。
 一方、冷戦終了後CIAは政治情報機関から経済情報機関と変貌した。85年のプラザ合意こそその成果で、日本経済は低迷の階段を滑り落ちる。米国は狙いすましたように冷戦で復活させた日本経済の果実部分を吸いつくした。TTPなどへの参加は、これまで米国に貸したお金が返らないだけではなく、いままで貯めたお金も、これから貯めるお金も、結局米国にわたって,返ってこない可能性が高いということに行き着く。孫崎の警告である。さて、どうこれを聞くか、だ。
 ホワイトハウスで玄関払いされる首相を3代続けて輩出しなければ、この状態は変わらない。それくらい持続する民意が必要ということだ。その覚悟があるかどうか、にかかる。

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