王道と覇道

「王道は必ず覇道に破れるものなのです」に、「いや、リーダーがどんなに苦境が続こうとも王道を歩み続けるならば、それに殉じようとする部下も多いのです」と返す。その時、彼はさっと右手を差し伸べて握手を求めてきた。初対面である。

彼はその地銀の頭取になるべく歩んできた。しかし、仕事振り、人付き合いでそんな素振りを微塵も見せることはなかった。人格、識見とも誰しも認めていた。昭和15年の生まれ、京都大学経済学部卒。入行して40年、最後の4年間が頭取。いわば満を持してのトップ就任であったが、その在任中一度も配当することができなかった。いわば最悪の期間での登場であった。冒頭の王道をとの思いと、覇道への誘惑の凄まじい葛藤がどれほど彼を苦しめたのであろうか。A級戦犯が自分を指名し、居残っているために責任の所在を口にすることは出来ない。そのために取り得る経営の選択肢も自ずと限られたものになったことは間違いない。また、金融監督庁の様々な横槍こそ覇道に見えたのかもしれない。頭取を退いた今になって、ふとそんな思いが掠めているのだろうか。それでも王道にこだわったという自負がそういわせたのだろうか。そうした無念さを胸に秘めて、昨年末自己資本比率が覚束ないのをみて、第三者割り当てによる増資を地域のみなさんにお願いすることになった。自ら身を引くことと引き換えにしての訴えだ。当初150億の目標が500億近い申し込みを受けた。これを絞り込んで400億を超えない額での資本増強とした。いわば予想を超える支援であった。あいさつで何度も謝辞を述べ、頭を下げた。更にマキャベリを引用して、能力、強運、時代性を挙げ、新頭取を紹介した。

その地銀の新旧頭取を迎えてのパーティ会場に紛れ込んだ。新頭取が大学の後輩ということで、当地の支店長が配慮をしてくれたのである。8月20日東京第一ホテル魚津。

新頭取は少しばかり緊張しながらも、率直にその所信を披露した。何が何でも復配にこぎつけたい思いが「不撓不屈」という言を繰り返すことで伝わってきた。そんな重い十字架を背負っての就任である。「おめでとう」というより「ご苦労さん。身体に気をつけて」としかいいようがない。口さがない連中は三等重役誕生という。戦後の戦犯追放で誰もいなくなって、トップになった人たちだ。源氏鶏太が同名の小説を書き、森繁久弥が映画で演じた。そのくらいの出直しなのである。頭取なるイメージは、山崎豊子の「華麗なる一族」で植えつけられ、この地銀も新年の挨拶では奥の院に収まって、頭取に直々にお目にかかるのは選ばれた企業のトップのみという権威付けをやっていた。その絹のハンカチが、ねじり鉢巻に変わるのである。現場では、地銀の気位をかなぐり捨てて、ドブイタ営業に徹しろとの檄が飛んでいる。住宅ローンを狙え、小さな収益の積み上げだ。信金との競争だとかまびすしい。

人間というのは厄介な動物である。いまだに特別顧問に退いた前頭取を惜しむ声が強い。新頭取はやりきれない思いを何度もすることだろう。類まれな行動力と押しの強さは、学生時代からのもの。何とか切り抜けてほしい。

さて冒頭のやりとりだ。例えば新聞の戦争責任をめぐって「ペンか、パンか」論争がある。パンを選ばざるを得なかった。一紙だけで時代に抗することはできなかった、がその結論である。

「王道を歩きたかった。しかし従業員が路頭を迷うのを見るに忍びない。覇道に屈するのも止むを得ない。」そんな歴史が繰り返されている。

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