「夜と霧」

アウシュヴィッツ強制収用所。そこでは1940年から45年にかけて、ナチズムのもと組織的集団虐殺で300万の人命が失われた。その過酷な極限的な状況の中を、一人のユダヤ人心理学者が3年間を生き抜いた。愛する妻と二人の子ども、そして両親をガス室で、あるいは餓死で失っている。そうであっても、彼は心理学者の矜持を捨てなかった。数十枚の汚れた紙片に速記の記号でびっしりと人間の姿を記録している。

書店の店頭に遠い記憶を呼び覚ますようにその新装本が並んでいた。「夜と霧」新版とある。初版発行から約50年。100万を超える読者に親しまれてきたが、著者フランクルが訂正を加えた決定版を池田香代子が新しく編集・翻訳した。みすず書房刊1500円。旧版は霜山徳爾の訳。家に帰り、探し出してみると奥付に1967.8.10.とサインされていた。これは定価500円。大学4年の夏休みであろうか。読んでいたのである、しかも相当熱心に。赤の色鉛筆でところどころに定規をあてて引かれている。

問題意識はただひとつ、どうして生き延びることが出来たのか。わが資質といえば、とても臆病であり、怖がりであり、痛がり屋である。歯痛にしても幼少から成人まで散々悩まされ、家人から馬鹿にされ、歯科医院の椅子で神経を抜くときに失神したこともある。したがって、収容所で監禁され、拷問されることを想像すると、恐らく自死以外に方策はあるまいと思っている。

フランクルはいう。ここで必要なのは、生命の意味についての観点変更なのだ。すなわち人生から何を期待するかではなく、人生が何をわれわれに期待しているか、に視点を変えろということ。具体的な運命が人間に苦悩を課する限り、人間はこの苦悩の中にも一つの課題、しかも一回的な運命を見なければならない。人間は、この苦悩に満ちた運命と共にこの世界でただ一人一回だけ立っているという意識にまで達しなければならない。なんびとも苦悩を取り去ることはできないし、なんびともその人の代りに苦悩を苦しみぬくことは出来ないのである。苦悩をも生きろというわけだ。いわゆる精神分析学の第三ウィーン学派としての独自の実存分析を唱える。そして意外と、繊細な性質の人間がしばしば頑丈な身体の人よりも、収容所生活をよく耐え得たというパラドックス(逆説)があるという。

しかし想像してみよう。横になることも許されない貨車に家畜以上に詰め込まれ、糞尿にまみれ、収容所に到着するや2分間で素っ裸にされ、頭髪ばかりか体毛すべてそられてしまい、水に濡れたまま晩秋の寒さの中を戸外に立たされる。3段ベッドには9人が直接板の上に、横を向いて密着押し合いながら眠らなければならない。歯を磨くことも出来ず、着たきりのシャツは洗うこともなく、手は土工の仕事で汚れて傷だらけ、飢餓浮腫ができてぼろ靴でさえはいらない。絶えず濡れた足はシモヤケと凍傷が襲う。朝の点呼は2時間。寒さに凍え、飢餓に耐え、サディスティックなカポー(囚人を取り締まるため囚人の中より撰ばれた者)の動物を扱うような仕打ちの中で、誰よりも元気であるということを見せなければならない。さもなければ翌日ガス室送りとなる。死と隣り合わせの限界状況。そんな状態にも人間は慣れるのに時間はかからないという。その状態でも生きろ、意味があるのだと彼はいっている。

あなたならどうする。デフレ不況のもと何で自分だけがこんな苦悩を、と嘆く前に問うべきである。「世界でただ一人一回だけの人生。そこに予想だにしなかった運命。人生は一体自分に何を期待しているのか」。フランクルの体験に比較すれば何のこれしきである。

一度敬虔なクリスチャンの今村和男さんから「夜と霧」を読んだことがありますかと問われたことがある。あのラバウルの将軍・今村均のご子息。(「責任 ラバウルの将軍今井均」著者/角田房子/新潮文庫)。ある仕事で一緒にやらせてもらったが、この一言で信頼できる人だと思った。この人は絶対に権力の魔力に与しない人だ、と通じ合えるのである。「夜と霧」を合言葉に生きてみるのもいいかもしれない。

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