娼年。

「あ、やはりあの男だ」。7月17日の直木賞発表を見て声をあげた。「娼年」。少年ではないのだ。2年前、この本の背表紙を見た瞬間に手が伸びた。衝撃的なタイトルではないか。立ったままでしばし読み込んだが、余りの面白さに、買うかどうか正直迷った。エンタテインメント系はやはり年齢を考えると、あと何冊読めるのだ、近視に乱視にその上に老眼、視力の無駄使いをしていいのか、になってしまう。古臭い教養主義が頭をもたげる。そして結局買わなかった。57歳のストイックさ。ぜひわかってほしい。しかし、この作家、なかなかの使い手だと深く刻まれた。

その石田衣良(いしだ・いら)。ついに直木賞を手にした。1960年生まれのコピーライター出身。受賞作は「4TEEN]だが、ここは何がなんでも「娼年」である。すぐに買いに走った。ご祝儀である。香林坊109地下の喜久屋書店、ちょっと誇らしげに背表紙を見せていた。集英社刊、1400円。スターバックスで飲みたたくもないコーヒーを傍らにむさぼり読み込んだ。予想に違わず、あっという間に作品の中に入っていける。約2時間、エンタテインメントたる所以だ。

主人公リョウ、20歳。大学生の男娼である。女性向け秘密倶楽部「クラブ・パッション」に所属。女経営者のなかなかに厳しい審査が待っている。もちろん血液検査から、すべての感染症からネガティブであらねばならない。これはやはり最低条件。そして性能力、というよりコミュニケーション能力。どんな女性にも、気持ちよく、楽しませるかどうか。意外と普通なもので、どこかずれてるとか、歪んでいるのはやはり失格である。女経営者の聾唖の娘が試験台になる設定だ。清純で無垢な彼女のフィルターを通り抜けなければならない。1時間1万円がリュウの取り分。彼は封を切ることもなく、リュックに無造作に投げ込んでおく恬淡さだ。娼夫ながら、普通の生活を変えない。そこがまた人気となり、VIP専用に昇格もする。
リュウの最初の相手は37歳のヒロミさん。その日は買い物とお茶だけ。それでもお金を払ってくれるのだから、男だったらこうはいかない。すごく気にいったからと翌日にすぐ予約が。次が23歳のマリコ。彼女の変態趣味に、素直に、きちんと礼節をもって応えている。イツキさんは40台後半のインテリ。プラトンの話題についていく。幼児期の体験がきっかけで、普通の欲望形態ではない。70台を超えた小老女とも、実に誠実に仕事をこなしていく。時に夫婦単位での注文も。

ぼくは娼夫になり、より自由になった。以前から人を外見や性別や年齢や仕事で判断する傾向は人よりすくなかったが、それがますます減って、その人の話をきちんと聞くまではすべての判断を保留するようになった。それまでよりもっと耳を澄ますようになった。

欲望の秘密はその人の傷ついているところや、弱いところに息づいているからだ。女性ひとり一人の中に隠されている原形的な欲望を見つけ、それを心の陰から実際の世界に引き出して実現する。それが娼夫の仕事だとぼくは考える。

この娼夫像に異論をはさむ人はまさかおるまい。わが理想でもある。問題はこの秘密結社なるものの入会資格をどうするかに尽きる。クラブ・パッションはいわば株式会社。金銭が媒介する市場システムは実に合理的である。しかし、ここは経済的な富裕層だけではなく、貧困層や落ちこぼれ層も救済してやりたいという思いも強い。究極は宗教団体であるが、当面はNPOでもいいような気がする。問題はやはりリーダーに尽きる。この女経営者は魅力的だ。実はリュウが惚れている。しかし拒絶される。そのわけは?ぜひ読まれたい。

さてその結末であるが「女性向け秘密クラブ経営者逮捕。未成年を含む50人ほどの少年を、主婦らに売春相手として紹介、3カ月で7000万円を超える利益をあげていたという。」。癒しとしての女性の性解放。結末はいつも虚しい敗北に終わるけれど、それでもなんとかならないものかと思う。

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