「スープとイデオロギー」

 参院選と安倍元首相銃殺事件だが、拙速に言及することもない。パソコンから逃げ出して、富山街中にあるほとり座に避難した。手帳に書き込んでいた「スープとイデオロギー」。猪飼野育ちで在日2世ヤン・ヨンヒのドキュメンタリーだが、正解であった。わずか3人の観客で、この制作資金のやり繰りに苦労した夫君の荒井カオルには申し訳ないと心から思った。彼女のデビュー作「ディア・ピョンヤン」の最終章といえる作品だが、出演は監督を兼ねるヤン・ヨンヒ、そのオモニ(母)、そして夫の3人。私小説ならぬ私映画だが、済州島4.3事件という歴史を巻き込みながら、在日オモニのオーラルヒストリーを描いている。さりげない日常のやり取りから、歴史に翻弄され、それでも立ち向かっていく庶民の姿は清々しい。政治の虚像をこれでもかと見せつけられる日々だが、落ち込んだ気分が幾分か持ち直した。

 さて、金石範の大著「火山島」に触れて、初めて済州島に渡ったのが05年。島の人口27万人のうち8万人が48年から54年の間で惨殺された4.3事件。その全貌が金大中、盧武鉉によって明らかになった直後でもあり、直接歴史が感じ取れた。事件の背景はこうだ。植民地支配からようやくの思いで解放されたのに、米ソ冷戦でのまさかの南北分断。南北それぞれのにわか作りの傀儡政権だが、北は徹底した粛清テロ、南は反共イデオロギーによる暴力テロでその基盤を確立していく。これほどの残虐さが必要だったとは誰も想像していなかった。当初は北優勢な展開に、南を支配した米軍や李承晩政権は焦りもあり、南だけの単独選挙で反共の砦を築こうと動く。そんな動きにあわせて、済州島で300余人が単独選挙阻止で蜂起した。そこにヤクザや、ならず者からなるテロ集団が投入され、軍や警察の走狗となって、拷問、生き埋め、焼殺、生きたまま鋸で四肢を切るなどほしいままに阿鼻叫喚の地獄図絵を繰り広げていったのが4.3事件の真相である。

 その渦中に当時18歳のオモニがいた。惨劇を目の当たりにしながら、妹を背負い、弟の手を引いて30キロを歩き、日本への密航船に飛び乗り、命を拾った。猪飼野には済州島から逃げ延びてきた多くの人がいた。差別と貧困の苦しみに加えて、祖国の分断によって常に北か、南かを問われ、政治と切り離せない日常を送らざるを得なかった。22歳の時、朝鮮総連の活動家と結婚し、3人の息子を得る。韓国政府を徹底して嫌う夫婦は、金日成、金正日の肖像画を家に飾り、3人の息子を帰国事業で北朝鮮に躊躇なく送っている。彼らを支えるために30年間続けて訪朝し、45年間の仕送りも欠かさなかった。オモニは80歳を超えて大動脈瘤を患い、そのベッドの中でそれまで語ることのなかった4.3事件を、娘のヨンヒに初めて話す。70年近く封印されてきた話を聞いて、18年に文在寅大統領が催す「済州事件70周年記念式典」に家族3人で参加する。認知症が進むオモニは、もはや事件について話すことはないが、彼女の奥深くにあって行動の規範になっていたことに初めて気づく。事件の記憶を歴史に留めようとする韓国民主派リーダーの動きもいい。歴史認識での彼我の差を感じる。

 ヨンヒは映画の中で、私はアナーキストだから、とつぶやく。借り物のイデオロギーを都合よくまとって強者を装い、徹底した暴力支配で分断支配していく。そんな見え透いた政治手法に、まっぴらごめんだという宣言だろう。対極にあるスープはオモニが作る参鶏湯。オモニが婿でもある荒井にその手ほどきをする光景がほほえましい。

 安倍元首相の通夜をよそ目に、この手作りドキュメンタリーを観ていることをひとり誇りたい。

 

 

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