若者たち

金沢大学角間キャンパス内の学生生協食堂。2月25日の入学試験日にちょっと所用で出かけてみた。どんな大学でも出かける時は、昼をはさむようにしている。学生食堂で昼食を食べたいからからだ。この日は学生が休みなので、受験生が大半と見受ける。定食コース、麺類コースと色分けされており、3列に並んでくださいと看板が下げられている。ビュッフェスタイルだから、トレイを手に受験生と並んで進む。年甲斐もなく欲張ってあれもこれも手にしてしまうが、しめて670円。きんぴら炒め、揚げ豆腐、チーズカツレツ、サラダ。自然と顔がほころんでしまう。「やあ、諸君!この場にいる皆さんの分はこのおじさんのおごりだ」「さあ。食ってくれ」と叫びたくなる。「おにいちゃん、もう一品どうだい」とも。若者たちの屈託のない笑顔がある食事風景。それを横目の食事は代えがたい喜びというもの。

やはり老人だけの施設はお断りだな、と思えてくる。大学構内の老人寮。これは意外と受けるかもしれない。この角間キャンパスは広大な敷地で、十二分に可能だ。滞在は3ヶ月、半年、1年と選べて、学生と同じ授業。サボる学生の席に老人が座る。1ヶ月の寮費は定額ではなく、それぞれの年金ひと月分。ここでは所得累進で悪平等を是正する。そもそも20歳そこそこでの就職の運不運が、生涯にわたって続くのはおかしい。実際、年金生活者の階層間格差は開くばかりで、実態を知れば暴動が起こってもおかしくない。年金問題は別の機会にゆずるとして、そうそう、男性には女子大生の、女性には男子学生の個人レッスンも特別コースで当然設定してある。寮長は金沢出身ということで作家の唯川恵(ゆいかわけい)。彼女は金沢の短大を出て、北國銀行のOL出身。そんな夢も膨らもうというもの。

ところが、ふいと柱のポスターに眼をやると、公務員セミナー生募集と大書されている。幸せな気分は一瞬にしてかき消されてしまった。ムラムラとくる。国立大学から公務員だと、生涯税金のお世話になろうという魂胆かい。いい加減にしてくれ。愚劣極まるとはこのこと。引っ剥ぐって、破り捨てて、踏んづけたい衝動に駆られる。就職指導というのは我先の、いいとこ取りではないだろう。

そういえば、この4月から大学が特殊法人となる。何が変わるか。教職員が一番痛いといっているのが、雇用保険の支払い。給与から引かれる。つまり、これからは失業の危険があるということ。以前から思っていたことだが、労働者の互助的なものであるなら、公務員も雇用保険に加入してそのリスクを分け合っていいのでは。ところが保険というのは危険に対応したもので、危険の全く無いものは資格がないという理屈ではいれない。癌と宣告されてから、癌保険にはいれないと同じ理屈。しかし、こんなことで誇り高い高等教育機関の労働者が痛いといってはいけない。

さて、本題である若者たち。この受験生たちが待ち受ける現実は実に殺伐としている。最近人材派遣業の管理をする友人から聞いたが、派遣労働者の履歴書は2年毎に会社名が変わり、退社理由に「契約切れ」が繰り返される。この不況は買い手市場をいいことに働く現場は想像以上に悪くなっている。「辞めたいといったら、研修期間の給料3万円を返せ」「レジで計算した金額に現金がたりない場合、その不足分を給料から差し引く」など当たり前で、若者たちはそれが法律違反だとも気づかない。まず期間付きで働かせてみて、気に入れば採用する「トライアル雇用」、派遣期間が終われば派遣先に就職紹介することを予定した「紹介予定派遣」が認められてきた。紹介予定派遣を通過しないことには正社員になれない。などなど、使い捨て、はき捨て労働がまかり通っている。現在の職場の荒廃は派遣、正社員を問わない。

「戦争を放棄する」とした戦後の理想を、いつの間にか捨ててしまったんだからな、と食堂の外を見やった。

「君の行く道は果てしなく遠い なのになぜ 歯をくいしばり 君は行くのかそんなにしてまで」

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