「キャタピラー」

8月15日を墓参り以外に、どう過ごすか。そんなこだわりがある世代なのである。映画「キャタピラー」を見て、わが贖罪とするという陳腐な論理で、27歳の三男といっしょに出かけることにした。第60回ベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀女優賞)受賞作品である。富山・フォルツア総曲輪は老若男女合わせて20人くらいの入りであった。
 昭和19年春、新潟の寒村に場違いな軍用車がやってくる。「黒川少尉を無事、お送りいたしました」「少尉の忠烈なる武勲、軍人の鑑であります」。勇ましく戦場へと出征していった夫は、顔面が焼けただれ、四肢を失った姿となって、最敬礼で送り返されてきた。多くの勲章を胸にした「生ける軍神」を迎えたと、村中大騒ぎである。女は軍神の妻として自らを奮い立たせ、少尉に尽くしていこうと動揺を隠して、決意する。その軍神さまの実像はどうか。身動きも出来ず、言葉も発せない。ただ食欲と性欲だけがある肉の塊というほかない。その欲望に必死に応えようとする妻の脳裏に、産まず女(うまずめ)として暴力を振るわれた記憶がよみがえり、少尉には中国戦線で強姦と虐殺の限りを尽くしてきた消しがたいものがよみがえる。勲章と勲功を称える記事、天皇皇后の御真影を背景に、苛立つ妻のもがきが始まる。軍神さまにご褒美としてセックスをあげる。優位に立つ中で、軍神さまを性の道具にもする。「役立たず!あんなに毎日、求めていたのに」と消しがたい記憶に脅える立たない少尉を罵る。そして、最後は抱きしめる。敗戦の日、芋虫のようにいざりながら、少尉は溜池に自らの身を投じる。
 寺島しのぶの裸体を見るのは「赤目四十八瀧心中未遂」以来だが、愚息と一緒の凝視もいいだろうとの試みでもあった。監督・若松孝二は74歳。元ヤクザというだけあり、左翼右翼など面倒はいわず、本質をうがっている。キャタピラーというのは、芋虫のこと。手も足ももがれた芋虫になる覚悟のある奴しか、戦争を論じるな!そんな啖呵が映像から聞こえてくるようである。
 はてさて、若松孝二の啖呵を聞き流しつつ、ノー天気老人はひょんなことから船の旅に出かけることになった。小さな縁のおもむくままに、という誘惑に抗しきれない。深く詮索せず、成り行きにゆだねるのがわが身上でもある。船旅の話が舞い込んだのは7月1日、4~5年ぶりの電話であった。
小さな旅行会社の社長であったが業績の不振が続き、オーナーから引導を渡され、潔く身を引いた。2度の脳梗塞を経験しており、足を引きずるような不自由な身であったので案じていたが、そこのオーナーの温情で、同系列の特養老人ホームに仕事を得ている。彼の旅行会社は、地方には珍しく船旅のパイオニアで、数々の企画を郷土に持ち込んでいた。企業の周年事業で全従業員が船に乗るとか、船上での異業種交流とか、バブル期には話題に事欠かなかった。
 電話の用件はわが医療法人の見学であったが、やおら取り出したのが、「ぱしふぃっく びいなす」号によるサハリンと北海道を9日間で一周するパンフである。「集客に苦労しているらしく、昔のつながりで、何とかお客さんを紹介してほしいと泣き付かれたのです」と遠慮がちに手渡してくれた。サハリンを目にしたときから、これは断るべきではないと思った。2年前に亡くなった父が、戦前の樺太へ出稼ぎに行っていた。厳寒の中でのニシン漁である。供養の旅であるといえば、大義名分としてこれまた十分との計算だ。75歳の姉に話したところ、私もとなり、更にあろうことか、姉の同級生3人が加わってしまった。65歳が、75歳のおばあちゃん4人を引率するという「老老の船旅」と化してしまったのである。ああ!わが8月の運命やいかに。19日横浜港から出立する。

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