認知症を在宅で

思えば、亡き両親の認知症に悩まされたのはほぼ10年前である。その時、我孫子市でNPO法人虹の会(宅老所 虹の家)を立ち上げた小学校同期の高井睦美に勧められて、東京で開催された「バリデーションセミナー」に参加した。その時のメモである。人生の終末における辛い感情を受け入れることから始まる。癒され、自己の尊厳が保たれてこそ、人生最期の試練に臨むことができる。孤独、無力感、退屈に流れる時間。その底知れない闇の感情が認知症高齢者の体内を駆け巡っている。とにかく落ち着いて、高齢者の話の中からキーワードを見つけ、共感をもって聞き返すようにする。相手の感情の中に入り込み、真心込めたアイコンタクトで、下唇をみつめるように全エネルギーを集中させる。植物状態となった人には、動物的な生命感覚に訴えるように、自分が危害を及ぼさない味方であることをわからせる。最後は施設に入居させるしかなかった。いまでは、ユマニチュードケアなどの手法が知られている。
 さて、その難問の認知症を在宅で、という精神科医がいる。上野秀樹で、精神科医になって20年、精神科医療の宅配をしていると謙遜している。1963年生まれだから52歳。東京都立松沢病院で認知症精神科専門病棟を担当し、08年に千葉にある海上寮療養所の開放病棟に移った。ここで囲い込めないことを知り、それではと訪問診療を始めた。それまでは入院しないと治療ができないと思っていたが、工夫をすると外来や往診だけで対応できた。ほぼ5年間で750人の患者を診て、入院としたのは30人。可能なのである。
9月12日の富山での講演のことだが、富山市民病院の精神科医は「うちはまだ旧態依然といえばいいのか、まず興奮を抑える処置をして、その後にレベルを上げていく。その後在宅を戻ってもらうというのは稀有といっていい」と厳しい現実を吐露している。
 そこで上野医師が紹介したのが、東京・用賀で実践した認知症初期集中支援モデル事業で、訪問看護師が認知症患者に的確機敏に対応する働きかけである。2階で食事をしているが、1階に人の気配を感じるという幻覚症状を訴えた時に、すぐに上野医師に電話してレビー小体型認知症ではないかと問いかけて、薬を処方して解決している。85歳の患者は看護師のことをパートナーと呼ぶまでに頼りにしている。初期集中支援のポイントは、早く診断することではなく、初期の段階でその人の言葉をたくさん聞き、どこに住みたいか、どんな生活がしたいかを聞くことであり、生活支援をきちんとすることが決め手だ。医療は必要時のみでいいのだ。イギリスなどでは国家戦略と位置づけ、この生活支援をメインとした自立支援こそ唯一のミッションで、生活支援の中へ医療を組み込むようにしている。
 その講演会の席上で、惣万佳代子の発言がいい。在宅がいいという当事者の意向が全く尊重されていないのが富山の実情だ。病院にしても、医師にしてもそうで、サ高住などが次から次へと出来て、さりげなく家族をそこに誘導している。いっそのこと家族もいない方がいい、とまでに断言した。
 認知症462万人、その予備軍400万人ということだが、予防法も治療法もない。この現実をどうするのか。厚労省任せでは解決しない。藤沢市で小規模多機能居宅介護を住民を巻き込んでやっている「おたがいさん」がいい例だが、感性豊かなベンチャー経営が欠かせない。社会のあり方を根本から変える発想の転換が必要ということだろう。
 戦争法案の強行採決がカウントダウンの状況となったが、結果がどうあれ、今はSEALDs(シールズ)をはじめとする若者の政治参加が、世の仕組みを変えていくことを信じたい。

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