東京電力

インテックを創業した亡き金岡幸二社長はいつもこう嘆いていた。「電力なんて、そんなに優秀な人材は必要ないのに」。思うように人材が集らないことへの苛立ちであった。心底には、地域独占で電力の販売に苦労することはない。加えて、総括原価方式で電力の安定供給という美名のもと、かかった原価に利益を上乗せした電力料金が認められる。そんな企業に、頭のいい奴はいらないだろうという当てこすりがあった。その通りである。売る苦労も、利益をひねり出す必要もない企業はそれほど優秀な人材を必要としない。憶測すれば、みせかけの懸命さを演出する企業ともいえる。要は監督官庁である経産省だけみていればいいということ。そして横並びである。とりわけトップである東京電力をみて、その通りをやればいいとなる。そうした企業文化を宿命的に抱えている中では、モラルは退廃するしかなく、あたら人材が倦んでしまうのは当然であろう。
 この福島原発事故はそうした構造にメスを入れる絶好のチャンスでもある。人災とすれば、この構造にこそ大きな原因がある。このこと抜きには改革出直しとはならない。
 「私は昭和48年東大大学院博士課程を修了以来、ずっと原子力利用の研究・開発・安全に関って来ました。今、日本だけでなく世界の原子力利用の隆盛を見るとき、極めて感慨深いものがあります。お蔭様で現在私は元気に、今も現役で原子力に関っています。」これは昨年10月16日に開いた卒業50年を記念した中学の同期会に、真っ先に参加の返事をくれた友人のものである。重ねてきたキャリアに確信が溢れているが、今読み返してみると過信、傲慢とみてとれる。専門化したエリート人材が狭い原子力村を形成し、相互に傷つけないようにもたれあってきたのではないかということだ。この集団をこのまま温存されることは許されないし、それぞれの厳しい断罪が求められて然るべきであろう。
 ひとつ思い起こされることがある。57年だから老人が小学6年生の時、高岡・古城公園で原子力平和利用博覧会が開催された。アメリカの後押しを受けて読売新聞社主である正力松太郎が推進したもので、度肝を抜くような規模であった。マジックハンドという展示物があり、直接手に触れずにガラス越しに作業ができるものだが、妙に記憶に残っている。全県の小中学生が遠足として動員されたと思う。原子力が原爆ではなく、平和利用すればこんなにすごいものなのだという洗脳だが、その友人でなくとも、子供心になんなく刷り込まれていったことは間違いない。
 こうしてみると、またしてもアメリカの陰をみないわけにはいかない。経産省を中心として、利権を求める政治家、電力会社、大手ゼネコン、日立・東芝など原発企業、大学・学会などで、大規模な無責任複合体を形成し、「原子力」というものに群がっていたことはハッキリしている。
 老人こそと正義と振りかざすつもりはないが、原発被害の賠償の仕組みがどうなるのか、だ。この体質を温存したまま逃げ切ろうということだけは許してはならない。東京電力の徹底した解体に近い改革を市民目線でやるべきである。地域独占を廃止するために、発電と送電を分離する。電源開発促進税のこれまでの使途を公開し、カネをばらまいて地域を金縛りにして原発を建設したことを明らかにする。原子力村周辺の財団法人などにばら撒かれ、埋蔵されているカネは3兆円を超えるといわれている。これは吐き出させること。東電役員の責任は報酬半減ですますわけにはいかない。他の電力会社も然り。その社長室、役員室を公開すべきである。庶民の電力料金で、こんな豪華が許されるのか、となるはずである。
 いつ果てることもない避難生活を余儀なくされ、仕事を失って途方に暮れている避難民を絶えず思いやって、新たな仕組みをつくることだ。しばらくは目を離さずに見ていこう。
 参照/北陸中日新聞4月26日「こちら特報部」

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