捨てる心地よさ

埃をかぶり、肩が白く見えた礼服3着を遂に捨て去った。もちろん新調するつもりはない。儀礼的な冠婚葬祭には出席しないとの意思確認でもある。義理を欠くことにもなろうが仕方がない。万に一つも考えられないことだが、モーニングを義務付けられる賞の連絡を受けても、礼服がないと辞退するつもりである。省事といって、「菜根譚」では「不如省事(事を省くにしかず)」といい、最良の健康法としている。ものぐさ、不精を自称して、生きていくのも悪くはない。
 こんな仕儀になったのは、家の中にあふれ返るものを「仕分け」したからに他ならない。ダスキンのお姉ちゃんの強烈なアドバイス(営業?)にのったのである。他人の家だからできるのです、といいながら、「これも必要ありませんね」と蓮舫よろしく、片っ端から捨てていくではないか。「それはちょっと」といえない雰囲気で、それをいえば「何を未練がましい」と切り返されるのではと、金縛りにあった気分であった。
女房を亡くしてからだから12年余り、水周りを中心に掃除を頼んでいるが、ついに見かねたのであろう。居間も、炊事場も、ダイニングもほとんど変わることがなかった。食器棚にいたっては、ほとんど触れないものばかり。子供部屋も物置と化していた。その結果であるが、庭に用意してあった巨大な混載可能な容器に収まらず、不燃物収集車と可燃物収集車に、それぞれに出動願うことになった。食器棚も、収納庫もきれいさっぱりと相成った。家族5人がワイワイガヤガヤ過ごした夢の跡で、寂しさを通り越した清々しさを覚えるから、不思議である。隣家のおばさんが「いよいよ再婚されるんですか」と声をかけてきたのには驚いたが、「いつ逝ってもいいようにとの死に支度です」と答えておいた。
 捨て切れなかったのは写真である。整理し切れていない写真が、湧き出すように出てくる。いったん目にすると、やっかいである。もしかして、子供たちの誰かが、おお、こんな事もあったな、と思い起こしてくれるかもしれない。そう思って、写真の整理という宿題が残されたという次第である。
 さて、今年も余すところ数日である。医療法人の定款を変更したので、その認可申請作業に忙殺されたこともあるが、妙に“人付き合い”が少なくなっている。体力、知力の衰退は、人恋しさの衰退でもあるのだ。年末には、なじみの呑み屋に顔を出し、少ない付けを精算して、身ぎれいにしていたのだが、今年はその支払う付けもないのだ。一期一会で飲もう、明日はないかもしれない、と思うようになっている。加えて、寒さに弱くなった。冷たい寝床にもぐり込んでも、温かくなるまでにとても時間がかかる。というわけで、気軽な連中との忘年会は、悪いけどわが家にしてくれないか、と頼み込んだ。近所の魚屋でつまみを頼むと、これ幸いに、最近はこの不況で料亭の注文がめっきり減ったとあって、高級魚を格安でさばいてくれる。老人の巣篭もりに、拍車が掛かるわけである。
 それでも、暮れにかけて上京した。フランス帰りの同級生が、1月30日に再びフランスへ帰ることに決めたからである。アルプスが見えるフランス東部過疎地のオリーブ園で、有機栽培にいそしむ。1年に満たない滞在であったが、日本は住みにくいという。フランスでの契約も1年というから、これまでと同じように放浪を覚悟しているようにも見える。20余歳でニューヨークから始まった海外生活。果たして、その魅力の虜になったのか、抜け出せなくなったのか、聞き出せなかったが、きっぱりした物言いに覚悟を感じることができた。
 人生のバランスシート。貸方借方いずれも均等になるというが、どんな精算が待っているのだろうか。どんなことでも甘んじて受け入れていくしかないと思っている。人生の“あたわり”を受け入れていくことでもある。恒例の餅つきも、きょう27日無事終えることができた。それだけで、今年は十分であったといえないこともない。

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