福祉マンション

「ヘルパーは天職。これほどいい仕事はない」と自信あふれる声で話すのは藤沢市でNPO法人「ぐるーぷ藤」の鷲尾公子理事長。ケアマネージャー15年の実績を引っさげて福祉マンションを建設する。土地代含む建設費は6億円。資金ゼロからのスタートだった。藤沢生まれの藤沢育ち、地域に根差して活動してきた強さであろう。02年に「住まい作り研究会」を立ち上げ、建築士、公認会計士、医師、障害者施設の職員、同親の会などが参加、知恵を絞りつくした。それを一つひとつ塗りつぶすようにして実現に漕ぎ着けた。
 まず特筆されるべきは、コミュニティファンドであろう。匿名組合方式で募ることにした。映画製作や、風力発電などによく活用されている。総額1億円未満、出資者50人未満と制約を受けるが、1人500万円以内で広く市民に呼びかけた。2ヶ月で、48人から、ピタリ9900万円の申し出を受けた。更にこの際だ、相続人はいないし、死んだらそのまま寄付しようという人も現れた。合わせて、ざっと2億円強である。金利は1年1%、3年1.5%で設定、銀行より割高であるが、元本の保証はない。これを聞き及んだ横浜銀行が、あとの4億円の融資を申し出た。怯えてしまって、動かない個人金融遺産をいかに活用するか、のいい事例である。清い理念としたたかな経営こそ求められているのだ。
 問題は土地である。南斜面のいい所がみつからない。ところが藤沢駅から徒歩13分、都市再生機構が建て替えを推進している藤が岡団地内で格好の出物が見つかった。260坪。しかし再生機構がNPOに果たして、売り渡すだろうか。前例はない。そこを後押ししたのが、そこの団地自治会。高齢化社会の中で、福祉マンションは不可欠と支援した。20年前にわが寺町けや木台で、アパートを排除する運動を行ったが、隔世の感である。この話を気安い隣人に話すと、女房が看てくれるから、と興味を示さない。老老介護の厳しさを全く認識していないのだ。これだから男は当てにならない。
 予定地から弥生式住居跡が見つかり、3月に着工がずれ込んだ。これは凄いラッキーなこと。下河辺淳元国土庁事務次官から聞いたのだが、遺跡の保護に狂奔するのもいいが、縄文弥生の住居跡に住むことこそ地震から逃れる一番の方法。地震にも負けない地盤だというお墨付きだ。
その4階建ての概要であるが、子育て支援の幼児教室、地域に開かれたレストラン(障害者の人の仕事を兼ねる)高齢者の泊まりや通い施設、精神障害者の住まい、訪問看護ステーション、そして3,4階がケア付きマンション(12畳、トイレ、洗面所)21室。蓄積された知恵が、女性特有のきめ細かさで生かされている。信楽の湯船に浸かり、坪庭が鑑賞できるといった具合である。
 さて、入居条件である。一時金が850~950万円(返金の可能性も残している)、共益費含む利用料が13~14万円、食事(希望者)が1ヵ月約5.5万円。これをどうみるか、判断の分かれるところだ。料金設定が一番悩んだところといっていい。20年、30年と持続させなければならないのだ。何よりも働くスタッフの雇用条件が、長続きするかどうかの鍵を握っている。このNPOは100人のスタッフを抱えるが、ほとんどが口コミネットワークで仲間入りした人たち。ケアの理念を繰り返し確認している、と鷲尾理事長は自信を見せる。いつの場合もそうだが、問題は「ヒト」である。応対してくれたひとりが、1級建築士、ファイナンシャルプランナー、福祉住環境コーディネーターの資格を持つ。やり取りの中で、数字がたちどころに出てくる。多彩な人材で構成するNPOだから、事業承継もうまくいくのかもしれない。夢も、2号、3号構想へと広がっている。東京近郊ゆえの特殊事例で、片付けていいのかどうか。
 1月14日、藤沢駅前の百貨店「さいか屋」。こんなうまいケーキは久しぶりだな、と舌鼓を打ちつつ、わがプロジェクトも負けてはならないと老体に鞭打った。

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