作家・島田雅彦は政治に対して知的な挑発を果敢にやっている。「パンとサーカス」は20年7月から道新、中日、西日本、東京の4紙に1年余連載し、22年3月に講談社から刊行された。遅れた読者だが、トランプ政権到来で押さえておきたい1冊と思った。「パン」とは権力者から無償で与えられる食料、「サーカス」とは与えられた娯楽で、それらに甘んじたローマ市民は政治的関心を失い、支配された。その比喩は日米同盟を絶対視して、自発的に隷従する日本国民を指していることはいうまでもない。分厚い大作だが、新聞連載だけに展開が早く、難なく読み通すことができた。島田は稀代のエンターテイナーである。61年東京都生れ、東京外大ロシア語学科卒。「優しいサヨクのための嬉遊曲」「虚人の星」が印象に残る。
登場するのは、暴力団火箱組の長男・火箱空也と東大を出て米国に留学した御影寵児。ふたりは同級生で、アウトローの火箱とCIAエージェントとなった御影が、国民を愚民扱いし、ただ米国中枢に操られる日本にテロ行為で「眼を覚ませ」と挑む。想像力の暴走ともいえるが、今更ながら文学の可能性を実証していると感じ入った。
御影寵児に託して、島田は語る。「今こそ日米関係を書き換える絶好の機会です。日本政府をATMや下僕扱いするのをやめ、自立を促し、民主主義の本拠地とする方が中国の覇権拡大の牽制には効果的です」「確かに国民は自らの手で民主と自由を掴み取ろうという気概を失っています。だからこれを機に覚醒させたいのです。フランスもドイツもイタリアもオーストラリアもアメリカと同盟関係を維持しながら、自主独立と社会民主主義的な政策を維持しています。それなのに日本はアメリカの自治連邦区に甘んじ、議員も官僚も隷属と既得権益の保持しか考えていない。私はそれが許せないのです」。
内田樹にいわせると、政治的行動の欠如という「無為」のみならず、日本が進むべき未来を構想する努力そのものを怠ってきたという想像力の「無為」。この二種類の無為が日本を蝕んでいる。
中国の諜報スタッフは囁く。「日本が集団的自衛権を行使できるようにしたからといって、アメリカは何もする気はなく、リゾート気分で日本に駐留し、その費用を日本に負担させ、さらに増額を要求するだけでしょう」。
更に続く。中国が台湾や韓国や日本に軍事侵攻した場合、台湾と韓国では強い抵抗があるだろうが、日本ではそれほどの抵抗はない、と中国共産党指導部は考えている。というのは日本人は「外国軍隊に蹂躙されることに対して特段の心理的抵抗を感じない国民」だと国際社会からは思われている。
さて、ここまで蔑まされている日本国民よ。とにかく怖い、怖いといって動けない去勢された私を含めた日本国民よ。そろそろ立ち上がるときではないだろうか。トランプの再登板はチャンスだ。石破首相よ、あんたの持論「自分の国家は自分で守れる安全保障体制」、それを突きつけるのだ。顔色など見ずに、軍事オタクの石破の真骨頂を見せつけよ。トランプ登場に怯える各国の首脳は日本を見直すことは間違いない。日本外交の最高顧問は島田雅彦としよう。
「パンとサーカス」をぜひ、再読してほしい。