「染色体と核分裂」

人間は微妙なバランスの中でひどく脆くも、意外に強く生きている。遺伝子や染色体の仕組みを知ったところで、いったい人類は幸せになったのか、と私は疑いたくなることがある。それは核分裂の力を知ってしまった人類の現状への疑いにつながる。
 作家・津島佑子が「草ざわめいて」と題して東京新聞に連載しているエッセイである。9月20日掲載のテーマは「染色体と核分裂」。作家のイメージに合わないな、と思いつつ読む。イメージというのは、津島はご存じ太宰治の長女で、科学とは縁遠いだろうとの思い込みである。しかし読み終えて、ざらめいていた気持ちが、妙に落ち着いた。物静かで、胸底に流れ落ちる文調である。
 早逝した津島の兄はダウン症であった。高校1年の時に初めて染色体のことを知り、図書館でダウン症について調べた。兄は3年前に亡くなっている。これからのことを考える年齢でもあり、ダウン症に遺伝性があるのかどうか、確認したかったのだろう。もちろん遺伝性はなく、21番目の染色体のほんのわずかないたずらで起こる様々な症状であり、新生児のうちに手当てをするとかなり改善される。兄は心臓が弱く、運動も苦手、視力も弱く、知的成長もとても遅く、タンパク質に対するアレルギーにも悩まされていた。そんな兄だったが、母は私が50歳になったころだろうか、ぽつんと言ったことがある。あの子が生まれて、わたしは自分の慢心がへし折られた気がしたわね。人生観が根本から変わってしまった。
 そんな記憶に、原発事故の内部被曝の影響のひとつとしてダウン症があげられはじめ、更に最近になって、妊娠中に胎児がダウン症かどうか調べられるようになったと聞き、津島は暗く落ち込んでいった。
 そしてこう結ぶ。ダウン症にかぎって言えば、ふしぎな喜びをそこから感じさせられる親が多いという事実も忘れたくないと思う。人間にとっての幸せの定義は、じつはとても複雑でむずかしい。世界中どこへ行っても、ダウン症のひとたちはいる。そしてそのひとたちを見るたび、自分に親しい親せきをまた見つけたという思いに、今も私の胸はふくらむ。
 これを読んだあとに、30年前に求めていた「ダウン症の子をもって」(新潮社)を取り出してきた。真面目な経済学徒の正村公宏・専修大学名誉教授の著だが、当時正村に傾倒しており、これだけ膨大な論稿を行いながら、これほどの試練をまっすぐに引き受けている。ホンモノの人間がいるのだと感じ入っていた。
 出生前診断が常識となった今、ダウン症の判定精度が99.1%ということからすれば、ほとんどそのリスクはないといっていいかもしれない。無責任のようだが、津島同様、命の選別が進めば、慢心がへし折られる機会がなくなり、傲岸不遜がはびこり、幸せといいつつ、薄っぺらな家族、社会があらわれるのではないか。こういう自分の不遜も十分承知しているのだが、そんな思いである。
 正村夫人はこういっている。「結局、私は、自分の希望したことはほとんどできなかったと思います。でも、いまは、自分を本当に必要としているもののために生きるということも、一つの生き方ではないかと思うようになっています。これは、あるいは“諦め”の言葉のように響くかも知れませんが、自分では必ずしもそうではないと思っています。いま、私の気持ちがこれまでになく静かなのは、一つには、そのように考えるようになっているからかも知れません」

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