「ちつのトリセツ」

女性が究極のタブーから解放される本になるかもしれない。7月1日朝日新聞の「ひと」欄で紹介されたが、書名にたまげ、刊行したのは径(こみち)書房と知って更に驚いた。詳しくはあとでの講釈となるが、すぐに手にしたいと思い、書店で在庫を確認しようと電話した。書名は「ちつのトリセツ」というが、相手は聞き取れないと聞き返してくる。ちつは膣のちつです、といえない。ひらがなとカタカナでそのまま入力して、出版社は径書房で検索してくださいといって、ようやく手に入れた。「あなたの膣は干からびている」と宣告された著者・原田純は62歳。径書房の代表でもあるので、自らを実験台とした原稿だが、捨て身の商法でもある。現在4刷りで1万4千部だが、ひょっとすると二桁も可能かもしれない。男性の読者は、間違った期待をなさらないでくださいと釘を刺すが、一読して、すべての女性に囚われ過ぎている下半身タブーから解放されてほしい。女は子宮で考えるからよ、とその非論理性を蔑んでいたが、子宮の声を素直に聞いて、もっと伸び伸び女を生きてほしいと心から願ってやまない。
 興奮はこれまでにして、例によって講釈にはいる。父親の原田奈翁雄(なおお)は著者の父であるが、どんな思いでこの本を手にしているだろうか。筑摩書房の辣腕編集者として、70年代の出版界をリードしてきた。とりわけ70年に小田実、柴田翔、高橋和巳、真継伸彦、開高健の5人を同人とした「人間として」は編集者の面目躍如であった。筑摩の倒産があり、80年に自らの470万円を元手に径書房を立ち上げた。原田編集者ファンは熱かった。朝日新聞に316人の読者有志一同のカンパで「読んでみませんか径の本」という新聞広告を出し、寄付も絶えることはなかった。老人もそうだが、人生の指針ともなる本を生み出す原田の編集感覚へのリスペクトはその後も続いた。現在91歳の原田だが、「雑誌ひとりから」の中で娘・純を勘当し義絶したいきさつを記していた。一方、純はこう綴る。支配的な親との生活に耐えきれず、15歳で家出。25歳で結婚するまで、酒場で働きながら暮らしていた。酒やたばこはあたりまえ。自分の将来に不安を抱きながら、昼夜逆転の超ストレス生活を送っていたわけです。結婚して子どもを産んだ4年後に離婚。毎日毎晩、液晶画面を見続ける仕事につき、再婚したり、仕事を変えたりしたが、液晶画面とにらめっこする生活はいまも続いている。純の径書房入社は89年、資金繰りに胃を痛くするというから、和解ではなく、お互いの妥協で経営に父は口を出さないということか、と推察する。径の歴史を知る者にとっては仰天だが、純にとってはそんなことはかまっておれない。起死回生の1冊との思いで、父の人脈を生かしてさりげなく朝日の書評担当に接近したのかもしれない。
 さて本題にはいろう。瀬戸内寂聴が何かの手術の時に、看護師が膣の中に指を入れてきて、驚いたが何十年ぶりに異物が挿入されたのだと気を取り直していた。小さい時から「さわるな」といわれ、無意識のうちに、性に関して無知である方が上品だと考え、「私には女性器なんてありません」という顔ですましてきた。その結果がどうだ。悲劇的な干あがりとなって、カチカチは便秘、子宮下垂、骨盤臓器脱などの障害だけにとどまらず、不定愁訴という形で心も脅かされる。さあ、オイルを使って会陰マッサージをやろう。ゆっくりやさしく自分の身体である。誰はばかることあろう。女を取り戻すのだ。こうした解放は世の中を変えることは間違いない。男には知る由もないが、骨盤底筋を鍛えるためにちつに翡翠の球を入れて出勤することもある純社長に会ってみたいものだ。
 というわけで、原田奈翁雄を知っていたお陰で、品性を落とすことなく「ちつのトリセツ」(1400円)を紹介できたように思う。どうだろうか。蛇足だが、当時河出書房の敏腕編集者といえば坂本一亀で、坂本龍一の父である。
ご案内 7月21日<金>午後2時から3時30分、文苑堂富山豊田店で「昭和20年生まれの読書漂流」と題してトークイベント開催。参加費1,000円。

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