サバンナの頬をなでていく風のなかで

いま写真集を手にしている。「アフリカの風 サバンナ・生命の日々」。チータが、ライオンが、象がアフリカの大地にその生を溶け込ませている。特に沈む夕陽にシルエットを映し出す動物達を見ていると、人間のちっぽけさがきわだってくる。写真家は。東アフリカと関わり始めてから今年で31年。発端は希望もしなかった巡り合わせによるものだった。彼がどんな思いでシャッターを押し続けたのか。時に押さえ切れぬ激情にかられて獰猛な動物の前に身をさらすことも。

知っている方は少ないと思うが、彼こそ山崎豊子のベストセラー「沈まぬ太陽」の主人公のモデルである。ナショナルフラッグの日本航空がその舞台。その腐敗、そして人間がここまで落ちるのかと思う堕落が、御巣鷹山での墜落事故という大惨事につながっていく。山崎豊子流手法で、事実なのかフイクションなのか、という詮索など委細かまわず、ぐいぐいと描いていったものだ。

ここでは恩地元ではなく、小倉寛太郎にそって半生を。1930年生まれ。東大法学部を出て57年に日本航空に入社。ひょんなことから労働組合の委員長に選出される。素直な正義感から会社の中のすべきを糾していく。時間短縮、労働協約改訂、ジェット手当て改訂など今でも日航の労働条件の水準はこの時に確立されたといわれる。61年から63年にかけてのこと。安保の高揚のあとだから、ストなんていうのも組合運動では日常的なもので取りたてて過激というほどの事でもなかったと思う。しかし、ここから人生の激流にさらされていく。報復人事、見せしめ人事だ。64年カラチ支店、66年テヘラン、70年ナイロビと「現代の流刑の徒」「昭和の俊寛」とマスコミにいわれるほどのたらい回し。そして72年、日航は6月にニューデリー空港の墜落事故、9月にボンベイ空港誤着陸、11月にモスクワ空港墜落事故と連続して重大事故を起こす。この時の国会審議で小倉問題が追及され、ようやくにして10年ぶりに祖国の地を踏むことになる。しかし特定の仕事が与えられるポストではない。やっかいもの扱いの仕方なしの世論への見せかけ措置。

それでもをもらうことを潔しとしない小倉は、いままでの人脈を生かして中東、アフリカ地域へのセールスを自ら仕掛ける。そしてあろうことか、今度は志願してのナイロビ勤務を申し出る。小倉の小倉たるところ。その間のでたらめな労務管理が、85年の御巣鷹山の大惨事墜落事故を引き起こす。起こるべきして起こったのである。この500名以上の命を失ってはじめて日航の経営陣が一新される。会長についた伊藤淳二が小倉を呼び戻し、会長室部長に抜擢する。しかしこれで終わらない。政財官を巻き込んだ権力闘争は大惨事への反省はどこへやら元の木阿弥となり、伊藤会長は解任、小倉は三度ナイロビへはじきとばされる。凄まじい権謀術数の限りを尽くしたものである。小倉の意地だけで勤め上げた定年が90年。辞める事は負ける事であり、相手を喜ばすだけと頑張り抜いたといっていい。それからが凄い。サファリ(スワヒリ語でサバンナをたびすること)総日数2800日の東アフリカに何か恩返しをしたいと「サバンナクラブ」を結成する。会員の会費で、四輪駆動車や孤児院を贈っている。会員は、アは渥美清からワは渡辺貞夫まで多彩。そして古希を迎え、それまでに撮り続けた写真をまとめたのが冒頭の写真集。写真家小倉の背後にそんな半生があったとはつゆ触れられていない。

日本航空は現在どんな社風になっているのであろうか。安全対策について「臆病者といわれる勇気を持て」といった松尾静磨社長までがまっとうな企業だった。元運輸事務次官の朝田静夫が社長となってからは滅茶苦茶。政治家に取り入るために無代の航空券をばらまき、ホテル事業に乗り出すといってはその利権にハイエナのように群がり、ドル先物予約で膨大な損失を出すなど、眼を覆うばかりのことをやった。そんな日航が立ち上がれたのだろうか。日航その後が待たれる。

4月は人事異動の季節。全日空冨山支店長がシンガポール支店へ転任すると挨拶に来訪。「海外勤務要員がいなくてね、54歳にして初めての海外勤務というわけよ。楽しんでくるわ」と関西人特有の割切り方をしている。個人にとっても許容範囲内のことにほっとする。そこで話に及んだのが「沈まぬ太陽」。

それから数日して明文堂経堂店で、アラーキーなるよからぬ写真集に眼をやっていると、小倉寛太郎写真集が飛び込んできたのである。とても偉そうなことはいえない。

でもこの写真を見ていると、アフリカを見ないで死ねわけにはいかない、と思えてきた。生きがいがひとつ増えたという事か。え、へ、へ、へ。

【参考図書】
「企業と人間」
岩波ブックレット440円
「日本航空 迷走から崩壊へ」
吉原公一郎著 人間の科学社
「沈まぬ太陽」全5巻
山崎豊子著 新潮社
「虚々実々」
本所次郎著 光文社文庫
「アフリカの風」
小倉寛太郎 新潮社4300円

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