グループホーム断片

Mは小学校の同級生である。家は新湊の内川べりで水産加工業を営んでいて、数少ない大学進学組のひとりであった。その頃から、なかなかのしっかり者で、将来も既に見すえていたらしく、日本社会事業大学に進学した。いまのキャンパスは清瀬市だが、当時は渋谷に近い明治通りに面していて、大きな看板が渋谷―池袋間を走っていたトロリーバスの窓から垣間見えた。私立でありながら、国立と同じ授業料である。卒業後セーナー苑など県内の福祉施設に勤務していたが、25年前に水産加工業が立ち行かなくなり、家を手放さざるを得なくなった。子細は知らないが、千葉に転じた。彼女の決断であり、潔さだ。わが亡妻とも仲良くしていたので、M家の血統書付きの柴犬はわが家に預かった。父が元気な頃で、物珍しさもあり得意そうに散歩を担当していた。嗅覚は鋭く、3男が生まれた時は異物が家に入り込んだと、昼夜を問わず鳴き声をあげたのには閉口した。夫君も福祉関連での職場結婚。長男は東電系列の上場企業に勤めており、長女は青年海外協力隊で、海外を渡り歩き、お金が貯まったとかで、今はイギリスの大学で学んでいる。
 先日,その彼女がわが家を訪ねてくれた。ガラスの墓標に線香を手向け、「いろいろあったわね」としみじみ、それぞれの人生を思い返した。彼女は現在、千葉県我孫子市でグループホームを運営している。最も早くNPO法人を立ち上げ、その理事長でもある。婦唱夫随はいわずもがな。わが両親の介護についてもアドバイスをもらっている。そんなわけで福祉現場での苦労話を聞かせてもらった。どういうわけか、いまだに語尾に「にゃあ」と付く新湊弁である。
 「現場が生きがいなのに、渉外、事務作業に忙殺される毎日よ」。日々悩むのがやはり資金繰り。介護保険報酬は2ヵ月後の支払いだから、スタート時からつなぎ資金がいつも頭にある。事業主とケアマネの請求額が一致しないと翌月回しになる。ちょっとした記載忘れが、給料が払えない事態になってしまうからだ。経理は友人に入力を頼んでいる。とにかく手伝ってくれる人は誰にでも頼みたい。施設のメンテナンスもそうだ。トイレ詰まりなんかしょっちゅうだから、その度に業者に頼んでいるわけにはいかない。自分でやるしかない。ちょっと心得のあるおじいちゃんがボランティアでいてくれたら、どんなに助かるか。このおじいちゃんがミソで、すぐに出しゃばるおじさんボランティアは願い下げということ。送迎バスもようやく中古ながら更新したばかり。バスの運転もボランティアが都合悪い時は自ら買って出る。毎日が戦争みたいに過ぎていく。
「バリデーションって知ってる」。認知症の人と豊かにコミュニケーションする方法で、アメリカの女性が開発したもの。そのセミナーに職員全員参加させることにした。やはり、最新の介護技術を学ぼう、皆で進歩しようという思いが大切。経費も大変だけど、ホーム自体が明るく、やる気が満ちてくるのよ。介護度の低下は減収になるわけだけど、この仕事の大きな喜び、それでなきゃ別の仕事をしているわよ。
 懸命にやった結果でもあるのだが、今期決算で200万円の黒字が出てしまった。NPO法人といっても税率は営利企業と同じだから、税金100万円払わなきゃならない破目に。後の祭りだが、トイレの改修ぐらいできたのにと悔しくて仕方がない。
 こんな話もあるのよ。ボランティアに来てもらって人の息子さんが、中央官庁のキャリアだったのに自殺してしまってね。言葉の掛けようもなかったわ。そして後日、労災認定となり思いがけないお金が入ったので、2000万円寄付の申し出があった。せっかくだからと、借地なのを買い取ってしまおうということになり、その交渉中。地主さんの相続問題もあり、その譲渡価格を巡って、また難問が加わったというわけよ。
 はてさて、グループホーム経営も現実はかく厳しい。あなた、何もたもたしているのよ、そんなに時間は残されていないのよ、相変わらず愚図なのね。トイレ掃除ぐらいは勤まるわよ。格好つけるのは、小学校時代からの悪い癖ね。ひたすら耳の痛い聞き役にまわった一日だった。

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