歳末異変

喉が変だな、と思ったのが25日。大晦日だというのに治りきっていない。熱はないのだが、鼻水、咳、痰に悩まされ続けている。予防接種は済ませているので、インフルエンザの心配はない。しかし、もう6日目なのに、症状の改善が遅々としているのが何とも悔しい。帰省した3男に「親父、すごく年とったな」と、これまた思慮のない言を浴びせられた。70歳で韓国留学も考えているというと、そこまで命持つのかといい出す始末である。
 風邪には絶対自信を持っていた。水泳である。皮膚が鍛えられますから、寒さにも、熱さにも抵抗力が付きます。コーチのこの暗示に、いつしか強健な体力と思い込んでいた。実際この10年、寝込むことはなかった。恒例の餅つきでは、いつも際立つ元気振りであった。水泳の効用を、ここぞとばかりに吹聴もしていたのだ。ところが、ことしは杵を10回も振るうと、息が切れてくる。バトンタッチである。「水泳じゃなかったのですか」とかまされた。情けない。
 何がきっかけか、と思い巡らせてみる。忘年会が2日続いたのがそうか。いや、それほど呑んではいない。そういえば、12月からバタフライに挑戦している。24日は特訓日ということで、マンツーマンで指導を受けた。その際に呼吸のタイミングが合わず、水をしたたか飲んでしまった。ひょっとして、その水が喉に、と思ってみたりする。それらが複合しての原因であることは間違いない。
 ところで、わが風邪療法である。風邪かなと思ったら、昼食にレバニラ炒め定食を食べ、夜には石焼ビビンバと決めている。もちろんアルコールは口にせず、みかんなどの柑橘類を大量に食べる。それでゆっくり眠れば、翌朝はOK、を続けてきた。非科学的であるが、風邪は気合いで撃退すべしと豪語し、ベンザ、ルルなどは死んでも口にしない。免疫力を高める生活習慣を身につける努力をし、それで何かあれば、じっと自然治癒を待つ。これがわが身上である。今回もこれにしたがっているが、その効用は皆無といっていい。ということは、体力または免疫力が、格段に落ちているということだろうか
 それにしても痰である。よくもまあ、と思いつつ、その都度、洗面所の蛇口を思い切りひねって流すのだが、勢いよく痰が切れる。そんな洗面器に手をついて、こんなことが思い起こされた。それがどれほどありがたいことか。吸引に頼らざるを得なかった亡妻から、よく聞かされた。無神経なうがいの音が、いかに病人の神経を逆なでするか、と注意を受けたことも。また、脳梗塞での嚥下障害から、ゼロゼロとなるこの喉元を切り裂いてほしい、と痛切な叫びを挙げた多田富雄さんの闘病記がよみがえる。そして、子規の辞世だ。「糸瓜咲て 痰のつまりし 仏かな 」「痰一斗 糸瓜の水も 間にあわず」。いつの間にか、健常者の傲慢を戒める風邪なのだ、と諭されているようにも思われる。
 何よりもその間の睡眠時間は長かった。床に就いている時間というべきかもしれないが、夢うつつだがとてもいい時間だった。ラジオはニュース程度が限界で、すごく疲れる。ひたすら眼を閉じて、遠い記憶を辿ることにした。例えば、家をキーワードだとする。引揚者住宅に始まり、繁華街での店舗住まい、東京の下宿、富山の下宿、新居となった茅ヶ崎社宅などなど。映画のシーンのように、記憶が確かに次から次へと引き出されてくる。その確かさに自分で驚いてしまう。貧しいが女性遍歴もやってみる。幼稚園時代のあの子に始まって、名前と顔が次々と思い出され、あの喫茶店で、あのレストランでとなって、なかなかに楽しいものであった。風邪が与えてくれたともいえる。何度も寝汗でパジャマを着替えなくてはならなかったが、余りあるものであった。風邪の別なる効用ともいえるが、せめて、数年に一度にしてほしい。
 というわけで、鬼の霍乱という程ではないが、歳末のなすべき事は何もせずに、新春をむかえることになった。みなさん、いいお年を!

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