「奥さまは愛国」

何が嫌だってヘイトスピーチほど口惜しく、心痛むものはない。街宣車に乗る右翼青年達がやっているとばかり思っていたが、その根っこは女性層にも侵食していて、奥さまも、ベビーカーを押す若い母親も街頭でマイクを握っているのだ。昨年5月の渋谷駅前、「愛国女性のつどい 花時計」のレポートだが、空色の和服を着た女性が登場して、従軍慰安婦問題を取り上げて「おばさん達はお金がほしいから騒いでいるだけ!認めたらどんどん、お金の金額を上げていきますから。従軍慰安婦なんてウソです!根拠も証拠もありません。日本人は過去に日本のために戦ってくれた、日本軍を信じましょう!」。続くシュプレヒコールは「従軍慰安婦はウソつきの売春婦」「私たちのおじいさんはやってなぁぁあああいい!」。ここまで右傾化しているのか、とため息が出るが、彼女たちはいったいどんな人間で、どんな思考回路なのか、知っておきたいとの思いが募っていた。「奥さまは愛国」(河出書房新社)はそんな思いに応えてくれた。女性のためのセックストーイショップを経営している北原みのりと在日3世の朴順梨(パクスニ)のふたりだが突撃取材で掘り下げた。
 「祖父たちの戦争体験をお聞きする孫たちの会」「正しい歴史を次世代に繋ぐネットワークなでしこアクション」の代表格の取材だが、「日本人が日本軍を信じてあげないでどうするんですか」というように日本の男たちの信頼が根底にある。その男たちが従軍慰安婦に貶められて、謝れ、賠償しろと攻めまくられるのはおかしいという理屈だ。更に「売春婦であった過去など日本人は恥ずかしくて名乗り出ないでしょう。これこそ普通の日本人女性の心ゆきです」。引き揚げ時にソ連兵にレイプされたり、「お国のため」「若い娘を守るため」に自ら身を投げ出した日本人女性たちもいるのだが、黙して耐えている。それなのに「自分たちばかりが被害者のような顔をしてという論理だ。根底にあるのは、自尊心高く自分を強く保とうとする日本人女の理想だ。どうも男性には好都合のような話だが、その裏には国のために命を捨てるのよ、とささやいているようだ。
 「彼女たちに響く言葉はないと思います」というのは、京都朝鮮第一初級学校への襲撃事件で原告側弁護人を務めた上瀧浩子弁護士である。「彼女たちは感情で動いている部分が多くて、その感情に反するような情報はシャットアウトしてしまう。変わるとすればおそらく大多数の人が“それはおかしい”と気付き、自分達だけが孤立した時です。そういう意味では最後に変わる人たちでしょうね」
 もうひとつ。番組「たかじんのそこまで言って委員会」常連の竹田恒泰の講演会にも出かけている。女性が圧倒的に多いらしい。君が代を歌い、南京大虐殺、従軍慰安婦みんなウソです。あの戦争は短期決戦なら勝っていた、勝てる戦争に負けたことが悔しいと涙を流さんばかりに嘆く。最後に神武天皇以来男だけでつながってきた万世一系の世界最古の国と胸を張るらしい。それをみっちり2時間30分、多くの女性が疑うことなく聞き入る。8月5日となみ青年会議所が招いていたが、そこまで保守が浸透しているということか。
 さらに8月6日の読売新聞だが、朝日新聞が5日に特集した慰安婦問題をそれみたことかと嘲り笑うように特集している。吉田清治証言は間違いだった、また挺身隊と従軍慰安婦を混同していたという検証結果だが、少なくとも相手の誠実な検証を俺たちは前から言っていたではないかというすり替えに志の低さと、安倍政権に歩調を合わせるという胡散臭さを感ぜずにはいられなかった。おそらく国際的にはまったく評価されない論評である。ガラパゴス読売というべきか。
 戦後民主主義の申し子を任じる老人は、木枯らしに顔をまっすぐ向けて進むしかないと思い定めている。

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