「ルポ西成」

 人間誰しも一度ぐらいは、地獄の淵をのぞくのではないだろうか。極限のような孤独と、パン1個買う金もなく、追い詰められた破滅感。とにかく逃げ出すしかない。とすれば、取り敢えず大阪であれば西成、東京であれば山谷に足を運ぶことになる。そして、生きていくとすれば、日銭が稼げる日雇い労働に身を落とすしかない。その地に一歩足を踏み入れて、あたりを見渡していると「なんや、おっちゃん、仕事探しとるんか?」と声をかけてくる。日雇い労働の仕事には「現金型」と「契約型」がある。現金型は一日働いてその分の給料をその日に手渡しでもらえるが、継続する保証はなく、住む場所も飯も自分で手配することになる。契約型は10日、15日、30日の契約期間があり、共益費として一日3000円支払うことで、飯場と呼ばれる寮に入ることができ、飯も3食出してくれる。寝泊まりしながら、朝になると車で担当の現場に向かう。いわば奴隷状態といえるタコ部屋生活だ。破滅の恐怖は、怖いもの見たさの興味とつながっている。大阪の旅の余韻が抜けないこともあり、書店で平積みとなっていた「ルポ西成」(彩図社)にすっと手が伸びた。

 著者の國友公司は筑波大学を7年かけて卒業し、在学中からのライター活動で自信もあって、進路は出版社一本に絞っていたが、めまいのするような高い倍率をくぐりぬけることができず、裏モノ系のフリーライターでしのぐしか手がなかった。卒業論文は新宿都庁前にある段ボール村をテーマに、「世間から相手にされないことを逆手に取ったのびのびとした生活」という具合にまとめた。その卒論を手に訪れた彩図社の編集長は、その問題意識でドヤ街に飛び込み書いたらどうか、原稿がよければ本にしてやる、と挑発した。軽い國友は、これでも物書きの端くれと乗ってしまった。「丸々1か月間、西成に生活を捧げてやろう」という意気込みで大阪に出向いたが、何と78日間に及んだ。26歳にしての必死のルポである。

 仕事探しはインディードではなく、「あいりん労働福祉センター」。通称あいりんセンターと呼ぶが、早朝の午前5時からにぎわう。取り敢えず今日一日の日銭を求める労働者と、日雇い労働を斡旋する業者がわんさか集まってくる。求人票は不況もあってか、ほとんどが契約型だ。L興行、M開発、N組などどれもヤクザを連想させる。飯場を経営している会社は大体ヤクザだから、大怪我をした労働者をダムの上から放り投げる会社もあると聞いていた國友は怖気づいていた。踏ん切りがつかず、生活保護者が中心の1泊1200円のドヤに居を構えて1週間が過ぎる。ドヤの強烈なカビとハウスダストにやられ、鼻はコンクリートでも流し込んだように詰まり、耳は聞こえなくなっていた。それでも程近い西成区に完全個室の飯場を持つというS建設に意を決して申し込んだ。10日の契約型。日給1万円で、寮費3000円が差し引かれ7000円の手取りだが、全額くれるわけではない。現場は車で1時間のビルの解体作業。ど素人ばかりの集団だから、機材のユンボが無造作に動き、気づかない日雇いの後頭部に当たれば、そのままお陀仏である。身分証明もないのだから労災など面倒とばかり、に適当に処理されていく。國友の実感によると、6割が覚せい剤経験者で、4割が元ヤクザ。その日暮らしがほとんどで、アルコール、薬物、競輪競馬競艇で消えていく。西成には、西成の男たちにしか見えない境地がある。彼らは、どうしようもない運命を受け入れながら生きている。自分はまだここに来るような人間ではない、と悟って西成とおさらばした。

 このまま何かに騙されるように生きていくとすれば、誰しも西成に行くか、全国が西成になってしまうだろう。そんな暗い予測しか思い浮かばない。斎藤貴男のいう「日本が壊れていく」(ちくま新書)がそのまま進んでいるようだ。
 

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