マスターズ水泳大会

必死にゴール板にタッチするや、周囲を見渡した。全員が既にゴールインしているように見える。やはりビリの8位か、と落胆することしきり。力なくプールから出る。電子記録掲示盤を見上げれば、即座にわかったのだが、その余力もなかった。声を掛けられるも、苦笑いを返すだけ。時間を置かずに、記録がプリントされて張り出されるが、見たって仕方がないと着替えようとした矢先に、「3位だったよ」と知人の声。「そんなことはないでしょう」といったものの、現金なものである。走るように記録プリントに見入った。「男子50メートル自由形 第3組 3位 39秒36」。何と、自分でも信じられない自己ベストではないか。地獄から天国とはこのこと。してやったり、と表情が緩むのが、自分でもおかしかった。断っておくが、この第3組は全員60-61歳である。因みに世界記録(60-64歳)は25秒54。
 10月22日、第2回日本海マスターズ水泳大会富山。会場はホームプールの富山県総合体育センター。出場のきっかけは、目標があるとないのでは張り合いが違います、騙されたと思って登録しましょう、の常連の一言。この半年、この日のためにプールに通い続けた。ほぼ我流でやってきたフォームが矯正され、「真っ直ぐ、細く、高く」をイメージして、週5日は泳いだ。コーチからは40秒は切れる、といわれたが、ベストで42秒、通常では45秒だった。それが本番で悲願の40秒を切れるとは、どんな力が働いたのだろうか。小さな事例だが、ブレークスルーは予期せぬ時にやってくる。人智を超えたものであり、教える方も、教わる方も努力は欠かさないが、辛抱して待つしかない。教育というのもそんなものだと思っている。無駄が多いのだが、思いがけない時にその無駄が活きてくる。
 さて、くだらぬ老人の戯言にうつつを抜かしている間に、教育が危機に瀕している。教育基本法改定を、押し通そうという雰囲気になってきた。もしそうなれば、生徒も、教師も、父兄も、何かに駆り立てられように右往左往するだけだろう。はっきりと見えるではないか。いじめの対応で見せる教育関係者の面々。子供を見ていない。もう政治は教育に口出しすべきでない。悪くなるばかりである。ぜひ、気が付いて欲しい。今回の改定は、愛国心もだが、格差を固定してしまう新自由主義選別を教育分野に持ち込むものなのだ。「愛国心」と「競争原理」。この表裏一体の改悪は、悲惨な結果をもたらすことは間違いない。そして何が何でも許してならないのが、教師の教員免許更新である。少数の不適格者を除くものには決してならない。まるで戦々恐々と上ばかり窺う教師ばかりとなる。「公務員は恵まれている」「教師は恵まれている」論に与していると、いつの間にか自分の首が絞められている。東京地裁で、国旗掲揚と国歌斉唱に従う義務はないとの判決を得た東京都立高校の教職員401名は、恐らく免許更新されないだろう。難波孝一裁判長の判決はいう。「国歌斉唱などを強制するのは憲法が定めた思想・良心の自由を侵害する違憲行為であり、都教委の通達や指導は、行政の教育への不当介入の排除を定めた教育基本法に違反する違法行為である」。良質の教師が選別され、絶望し教室を去っていく。それが改定の真の狙いといっていい。
 全国学力テストが行われ、それにより小・中学校の優劣が明確になり、それがバウチャーとかいう制度と結びつき、学校の序列化が進む。恐らく学力のない生徒は、テスト実施日には無理やり欠席させられることになろう。想像に難くない。そんな程度の国家を目指しているのだ。「貧しさと醜きものを切り捨ててチンピラファッショの菊“美(は)しき国”」(拙詠)。
 そんなこんなで、しばらく日本を脱出してみることにした。

© 2020 ゆずりは通信