凍れる歩廊(ベーリング海峡)

人類の誕生は170万年前。ホモ・エレクトス(原人)は、脳が猿人の2倍で、二足走行し、火を使っていた。アフリカのサバンナが起源。アフリカから脱出し、寒冷地に適応したのがモンゴロイド、われらがお尻にある蒙古斑がその証明だ。東アジアのモンゴロイドたちが更に新しい土地を求めて、ついにベーリング海峡を渡る。1万3000年前の氷河期。シベリアとアラスカが、氷河期が幸いしてまさに凍れる歩廊だったのである。われらが祖先のなんという好奇心と行動力か。漂泊の思いはそのころからDNAに刷り込まれているのかもしれない。

秋晴れのひとときを黒部市美術館で過ごした。「変遷する生の詩~深沢幸雄展」(~11月24日)。1924年生まれの深沢は空襲で受けた右足の傷が悪化して歩行をも危ぶまれるようになる。そのために油絵を断念して、ほぼ独学で銅版画を極めてゆく。青年期の鬱々たる思いは、ダンテの神曲・地獄変を題材に描く。友人が勝手に応募して、日本版画協会賞を受賞する。転機が訪れるのは1955年東京国立博物館で開催されたメキシコ展。ギブスの足で上京した深沢はヨーロッパ、アジアとは全く異質な創造性に打ちのめされる。特に会場正面に飾られた20余トンの石の大頭。アジアン・モンゴロイドであるオルメカ族がかの地で作ったもの。この作品の前では、さすがのピカソも力負けするという。それ以来、メキシコへの思いが募る。それから8年、ようやく歩けるようになった深沢にメキシコ外務省から銅版画技術を教えてほしいとの招請状が舞い込む。念ずれば通ずるものらしい。すぐにメキシコに飛ぶ。テキーラを飲みながら、メキシコに引き込まれていく。彼がそうした滞在を通じての思いを込めた、最も気に入っている作品が「凍れる歩廊(ベーリング海峡)」。小さな作品であるが、二つの瞳がきらきらと輝き、インディオ模様と星座が悠久を表現している。作品から訴えてくる。老境に入ってからは、精神の解放された伸びやかな作品が並ぶ。そして何とロボット「チンタラ一世」に凄まじい労働を要求するメゾチンドの磨き作業をやらせている。自在な境地だ。お勧めしたい展示である。

アフリカ・サバンナといえば小倉寛太郎さんが逝った(エッセイ‘サバンナの頬をなでていく風のなかで’参照)。今年の1月に「自然に生きて」(新日本出版/1500円)を上梓している。

自身が追い詰められていくなかでの処世として、「余裕とユーモアと、ふてぶてしさ」の柔軟さと、遊びが必要だという。いつも正義を背負っていては付き合いきれない。そしてバッファローか、ヌーかという問いも印象に残っている。バッファローは時に仲間と団結してライオンを逆襲することもある。しかしヌーは仲間の一匹がチータに襲われると、「ああよかった。きょうは俺の番じゃなかった」といって胸をなでおろして草を食べ始めるという。享年71歳。ご冥福を祈りたい。

秋の夜はノーベル賞の朗報はあるがやはり物悲しい。ここはあくせくせずにいこう。ご同輩。

昨日またかくてありけり
今日もまたかくてありなむ
この命なにを
明日をのみ思ひわづらふ
(島崎藤村 千曲川旅情の歌)

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