三たびの海峡

日韓、日朝の問題を考える時に、必ず思い起こす、いや条件反射的に脳裏をかすめる小説がある。「三たびの海峡」。著者は。日本人が書いておくべき義務がある、という決意のもとに書かれた。

主人公は17歳。昭和18年の秋、まるで野良犬を捕獲するように日本に強制連行された。これが最初の海峡を超えることに。北九州の炭鉱の朝鮮人寮に閉じ込められ、牛馬に等しい炭鉱労働を強いられる。このままでは死を待つだけだと思い詰めたものは、次々と逃亡を企てる。しかし待っているのは見せしめの凄惨なリンチ。ある時、待遇の改善を求めてストを決行する。アリランを歌い、必死に恐怖と戦いながらのもの。それも巧妙な懐柔策で、反対にリーダーが追い詰められていく。ひとり裏取引をしているのではないかという懐疑心と同胞の裏切り、そして辱めの暴行。何と男根を切り取られたリーダーは、その夜鴨居に紐をかけて自殺する。そこの朝鮮人寮を取り締まるのは日本人労務担当と、同じ同胞の中から選ばれた労務助手。この時のリンチは、労務助手の同胞が日本人労務の歓心を買うために行った。極限の暴力状況においては、そこまで人間は堕ちるのである。戦争が終り、立場が逆転する。裏切り同胞への復讐劇は半島への引き揚げを急ぐ港、港で行われる。自己防衛ながら殺人を犯しての脱走を成功させていた河時根は、その後遠賀川河岸工事に就いていて戦争未亡人との恋に落ちる。新たな生命を宿しているその恋人を連れての帰郷となる。これが二度目の海峡だ。しかし、韓半島の故郷は倭奴である日本人妻を認めるわけがない。彼女だけが乳飲み子を抱えて連れ戻される。そして40年後。釜山でスーパーマーケット3軒を経営するまでになった河は、一通の手紙につき動かされて3度目の海峡を渡る。成人した子どもとの対面もあるのだが、どうしても許すことができない出来事が彼を駆り立てる。かつて辣腕を振るい残忍を極めた日本人労務が炭鉱のあった市の市長になっており、あのストのリーダーを死に追い詰めた裏切り同胞は在日のトップ事業家に登りつめている。

その二人が結託して炭鉱のボタ山をリゾート地に変えるプロジェクトを推進するという。ボタ山には強制労働で亡くなったもの、リンチで殴り殺されたものの遺骨が埋まっているのである。どんなことがあっても許すことは出来ない。河はこの二人への復讐を果たし、自らも命を絶つ。

そして小説ではなく事実でいえば、秋田花岡鉱山落盤事故がある。1944年5月29日、落盤事故が起きた。朝鮮人労働者が11人生き埋めになった。これを他の坑道の被害を恐れた会社は、救出するどころか、土砂で持って埋めてしまった。戦後のこの被害調査でわかったことは、全国で40万2000人の強制連行者があったこと。この数字を忘れてはなるまい。

さて北朝鮮による拉致事件である。ご本人や、ご家族の痛み、悲しみ、怒りは察するに余りある。しかし、この家族の方々を除いて、日本の政治家が、マスコミが、市民がその尻馬に乗っかるように徹底的な解明、補償を求め、北朝鮮をこれほどまで声高に糾弾できるのであろうか。またまたチマチョゴリの制服に罵詈雑言を吐きかけ、暴力事件まで引き起こすなどどうしてできるのか。

戦前の日本が、中国、韓国、北朝鮮から、何十万という人々を強制的に連行、いや拉致してきたことか。従軍慰安婦も然りである。そして、戦場で、炭鉱、軍需工場でどのように働かせてきたのか。そしてその解明、補償、謝罪をどれほどやってきたのか。胸に手を当てて考えてほしい。こんな被害者論調一点張りで、国際社会を乗り切れるわけがない。

かの地に思いを馳せると胸ふさがるのは一人だけではあるまい。あの独裁政治のもとで何がもっとも有効な策であろうか。思い起こすのはチャウシェスク。ベルリンの壁を破ったのは、結局は情報の壁を破ったことなのでは。それでは北に向かって電波を送ることがベストなのかもしれない。チャップリンの独裁者、彼らはわかってくれるかな。

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