かもめが翔んだ日

「森永ヒ素ミルク被害者のおかあちゃん達は、損害賠償金額を1,000万円にするというと、こどもをカネで売るようだから、1,000円にしてほしいと涙で訴える」「産業廃棄物撤去訴訟で勝訴した豊島(てしま)の人達は、1,000人しか住んでない島に、税金300億円をかけて撤去してもらうのは心苦しいと訴える」。庶民の中にこそ最高の倫理がある。名のある人や、地位のある人より、庶民の方が余程いい。

中坊公平は、時に目を潤ませながら講演する。話しながら数々のシーンが浮かび、こみ上げてくるのである。11月15日の「森の夢市民大学」。とにかく現実に、現場に出向き、現物を手にとってみる。弁護の依頼人だって、本当のことはいっていない。町工場の再建案件ではヘルメットをかぶり、油にまみれる。新幹線建設で立ち退きを迫られる京都・丸和百貨では、座り込みをやる。そんな現場から真実を汲み取り、エネルギーをもらい、法の根本を考える。何よりも五官の体験から、第六官の勘がひらめき、それが説得力を持つ。1929年生まれの74歳。そしてこの晩年にしての弁護士資格返上という痛恨。中坊は語らない。しかし、この講演を聴いた誰もが、住宅債権管理機構の現場に立ち、ほとばしる正義感、権威に立ち向かう中坊公平の覇気の方に、その正しさを見ると思う。

いまひとり、その晩年に痛恨の日々をおくり、今年の3月4日に懲役3年、執行猶予5年の判決を受けた男がいる。江副浩正、67歳。23歳でリクルートを創業、52歳で退任するまでの29年間、ひたすらに駆け抜けた。最も気になり、興味がつきない。その男が回顧録と称する「かもめが翔んだ日」を上梓した。朝日新聞社刊の1800円。ご存じかもめはリクルートのマーク。リクルートは私の人生そのもの、といってはばからない男が、胸張り裂ける思いでリクルート株を手放し、去っていく。一気に読み通し、なるほどそうだったのか、そして身の処し方に考えさせられるものがあった。

印象深いのはデザイナーの亀倉雄策との出会い。東京オリンピックのポスターデザインを記憶している人は多い。100メートル走のスタート写真の躍動感は今も焼きついている。江副は飛び込んでいく。「企業への招待」の表紙デザインの依頼だ。気後れしてデザイン料が聞けない。10万円でいいという亀倉。しかし、この亀倉がリクルートビル、安比高原のスキー場のデザインなどことごとく手がけ、リクルートイメージは確立した。そして、経営の節目節目に的確なアドバイスを送っている。亀倉の事務所にはピカソの絵がかかり、さながら美術館のようだったという。

江副の飛び込みは松下幸之助、ソニーの盛田昭夫、三井不動産の江戸英雄と幅広く、老人キラーともいえる。この誰もが何よりも一介の学生上がりの広告セールスにも、きちんと対応しているのである。そしてダイエーの中内功。スーパー勃興期、わずか10店舗のおやじさんの中内は江副に値引きを求め、求人の原稿には自らペンをとっている。この時の出会いがダイエーのリクルート株引取りにつながっていくのである。中内は何も詮索することなく、もちろん値切らず二つ返事だったという。株引き取りはリクルートコスモス、ファーストファイナンスの1兆数千億円の不良債権をも引きとることに他ならない。またダイエー危機の時に、リクルートにダイエーの株を買えとはいわなかった。江副は中内の懐の深さ、意外な高潔さに感服する。

人生の最終楽章での挫折。中坊と江副のふたりが、どういう縁かこの1週間に押しかけてきた。幸せというのは外的な条件とは関係ない、という中坊の言葉がよみがえる。二人の胸のうちでは、数々の感動シーンが何度もよみがえり、人知れず幸せが訪れているはずである。

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