花見酒の経済

熊さんが花見のシーズンにひと儲けを企んだ。「おい辰よ。この陽気じゃ上野の山も大変な人出だ。そんな奴らを相手に、ひと儲けしないか」「よし、乗ろうじゃないか」。とういわけで仕入れた3升入りの酒樽を担いで売りに出かけた。そこまではよかったが、しばらく行くと「熊よ、もう我慢ができない。この銭で一杯飲ませてくれないか」と辰は懐の10銭を取り出した。うまそうに飲むのを見た熊が、受け取った10銭をそのまま辰に渡すと自分がごくごくと喉を鳴らした。そんなやりとりを2人で繰り返すうちに樽は空になってしまった。仕入れた酒を売り切ってしまったから、さぞ儲かったと思った2人には10銭しか手元に残っていなかった。ご存じ笠信太郎が戦後の日本経済を評した花見酒の経済論である。
 いま、わが身にこれと同じ現象が起きている。「先輩、本は自分で買われた方が安上がりではないですか」。居酒屋での後輩が同情する声である。払う勘定よりも、予約させた本の総額がはるかに低いのだ。売らんかなと、顔が引きつっていたらしい。
 わが拙著「ゆずりは通信」が出来上がったのが11月15日。取り扱う清明堂、明文堂、ブックスなかだ、文苑堂に配送して、我が家に着いた時は日が落ちていた。玄関に積み上がった本を見て、心穏やかではない。早速と予約者への送付作業に取り掛かった。送料と手間などいろいろ検討したが、郵政のエクスパック500が封入の手間もかからずベストと判断した。2冊がようやくに入る。気安い相手には2冊にするぞ、と押し切っている。
 その時電話が鳴った。あのドンホセである(?113参照)。開口一番「なんて馬鹿なことを。今時本なんぞ売れるわけがないだろう。義理で売るんなら1冊1万円にしたら良かったんだ」とぼろくそである。「しようがない。10冊寄こせ」とやさしいところも見せる。同情、憐憫でしか売れない代物なのかと気が滅入ってくる。
 零細企業は大変なのだと言い聞かせつつ、こうも思っている。花見酒の経済もいいところがある。年金生活者が自分の10銭を懐にしまい込むのが一番悪いのだ。花見酒に代わる、売れる商品を自分で持つことが大切。この本は2000円だけど、誰かの商品、サービスと交換していけば、年金生活といえども、生活は確実によくなる。それによって社交範囲が確実に広がる、と。
 こうして独りよがりの世迷い言をいっているうちに世の中の右旋回が一段と進んでしまった。なだいなだ老人党総裁の「打てば響く」が的確に言い当てている。「この内閣は、日本を売り渡そうとしているとしか思えません。総選挙後、イラク派兵継続、増税、健保負担増、そして、一方ではインド洋での米英艦船への燃料補給の継続、座間への米軍司令部移転、原子力空母の横須賀基地への受け入れと、急ピッチ」。「郵政民営化で、郵便をドル資本に売り渡した小泉内閣の、自衛隊のアメリカ従属化政策です。自衛隊をアメリカにくれてやるつもりなのでしょうか。米軍に自衛隊の指揮権を譲り渡して、日本の独立は、どのようにして守られるのでしょう。東京の周辺には、ミサイル迎撃ミサイルが配置される。それは、首都を守るためではなく、標的になる首都周辺のアメリカ軍基地のためです」。「小泉首相は、反対するものは、みな抵抗勢力と呼ぶでしょうが、抵抗勢力という名を甘んじて受け、抵抗しましょう。抵抗すなはちレジスタンス、ああ、懐かしく、胸打つ言葉です。レジスタンスしましょう」。
 この怪気炎、いいですね。この際、老人党の決起に呼応して立ち上がろう、諸君。レジスタンスだ。
 先に挙げた笠(りゅう)信太郎は朝日新聞で活躍した、戦後日本を代表するジャーナリストで、こんなこともいっている。「イギリス人は歩きながら考える。フランス人は考えた後に走り出す。そしてスペイン人は、走ってしまった後で考える」。さて日本人は? まさかアメリカのあとを考えずについていく、というわけにはいくまい。

© 2021 ゆずりは通信