ベストセラー

「小生の本、いつまで置いてもらえるんですかね」。本屋の店主に申し訳なさそうに聞いている。置いてほしいといっているわけではない。DM効果も薄れ、口コミも限界に近付いている。書店のいい位置に平積みにされながら、動かないのが恐縮で、これ以上晒し者になるのは何とも忍びない心境なのだ。
 書店に並ぶ本の賞味期限はほぼ3か月だという。これも特別扱いともいえる。毎日洪水の如く取次店から本が送られてくる。1日に200冊が発行され、ほぼ50万冊が廃棄処分になっている。書店は絶えず陳列棚の入れ替えに忙殺される。荷造りから取り出されないままというのもある。出版不況というのになぜ、と思う。その答えは出版の流通事情にある。出版社は本を出すと、取次ぎに持ち込む。この時点で売り上げが発生し、書店で売れる、売れないにかかわらず、翌々月ぐらいに入金になる。資金繰りの苦しい出版社は、次々と本を出し続けなければならない。自転車操業だ。当然粗製濫造となり、その数ヵ月後に山のような返本となる。平均返本率は43%というから、半分は売れずに舞い戻ってくる。こんな旧態依然の業界で、ネット書店・アマゾンがひとり勝ちしているのがよくわかる。書店数も92年に32,739店あったのが、05年には17,766店とほぼ半減。一方で売場面積はそれほど減少していない。大型店、超大型店が増えているのだ。出版社もこの飽和状態の中で淘汰が始まっている。佐野眞一のルポ「誰が本を殺すのか」に詳しい。
 いまは編集者受難の時代であり、世代交代も進んでいる。新書に例をとってみよう。わが世代は新書といえば岩波新書だった。その新書を全て買うという人も珍しくなかった。一度は岩波新書を執筆したいものだという学者も多かった。平均して5万部は売れていただろう。昨年の新書ベストセラー「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」が100万部を突破した。「下流社会」も続いている。いずれも後発の光文社新書である。担当をしたのは入社してすぐに新書編集部に配属された新人で、3年目にしてホームランを飛ばしたのだ。同社の新書は高度成長期に一世を風靡したカッパブックスを背景にしている。軽くて読み易くわかりやすいというイメージだが、そこに縛られてしまうことを避けたかったという。新書編集部3人に新人を投入したのが功を奏したといえる。「著者と同じ世代の編集者が同じ目線で本を作っていった」と社長は評価している。そして、養老孟司の新潮新書「バカの壁」がいまだに全国で1日200冊が売れていて、累計で403万部を数えた。信じられない数字になっている。
 またこれは書籍だが、「電車男」(新潮社)「生協の白石さん」(講談社)も100万部を前後し、ネット発の大ベストセラーとなっている。どちらも既存の出版物の枠からはみ出しているが、従来の編集技術が介在しなければどうなったかわからない。いずれも新潮社、講談社という老舗から出ているのだが、いかに危機感が強く、デジタル部門に相当の人材を投入しているかが窺える。編集者がネットサーファーにならなければやっていけない現実が見えてくる。
 名編集者といわれた岩波書店の故岩崎勝海さんに会った時に感じた熱いものが思い出される。岩波ジュニア新書を創刊される時だったと思うが、子どもにかける夢が丁寧な仕事を通じて形になっていくことに深く感じ入った。
 本の読まれ方も変わってきている。新刊を買った後、取って置くべき本以外はブックオフに売ってしまうという知人が増えた。図書館の貸し出し数も10年前に比べて、1.7倍に増えているという。所有しない本の読み方といっていいかもしれない。
 図書館といえば、県立図書館から拙著を2冊購入したいという申し出があった。ほとぼりが冷めたら寄贈しようと思っていた矢先のことで、ラッキーと叫んだ。小なりといえど会社経営者、売り上げにはシビアなのだ。魚津市立図書館に続いての事で、何ともうれしい。
 さて、わが出版騒動も、終わりよければすべてよしとこれにて大団円とする。返本はどうするのかって、ブックオフに代わる奇策はないのか思案中である。
 それよりも、次なるステップをどうするかだ。頭が痛い。

© 2020 ゆずりは通信