インキュベータ・オフィス

一度は自分の事務所を持ってみたい。そんな野心?は61歳になっても消えはしないようだ。「頼まれれば、原則として逃げない」。これをリタイア後の身上としている。口の悪い友人からは、ノーといえない小心者と蔑まれ、偽善者ぶるのはもうやめろ、と罵られる。贖罪意識も少しはある。わが人生を省みると、いつも肝心なところで日和見を決め込んできたという罪の意識だ。機動隊を前に足が竦んでしまった、団交では最後の詰めがどうしても甘く追い込むことが出来なかった、数少ない女性関係も然り、挙げれば切りがない。大学を出たということは、民衆に奉仕することが使命。これが擦り込まれている。それが果たせなかったということ。そうであればこの余生を持って、少しでも償わなければなるまい。といっても、何ができるか、今更しゃしゃり出るわけにもいかない。頼まれれば、ということになる。それとて当然、器ということがある。
 そんなこともあり、座りのいいリーダーというより、事務局長的な依頼が多い。コーディネータといえば聞こえがいいが、体のいい使い走りといったところだ。それでも、この老体が生かされるということはありがたいと思うようにしている。
 そんな中で、事務所を持ったらどうかと勧められた。どんな小さな組織でも、それなりの事務処理がある。1人分の労働量に相当しない。そんなことを君のところでまとめて引き受けたらどうか、ということらしい。おだてには乗り易い性格だ。すぐに思い付いたのがインキュベータ・オフイス。富山市内に3ヶ所存在する。善は急げ、とばかり、6月5日の午後、駆け足で訪ね歩いた。
 まず中央通り商店街の東口にある中教院モルティ。ビルの2階部分が「とやまインキュベータ・オフイス」で7室ある。富山市の施設で、現在空いているのが11.4?で、家賃月額23,940円。駐車場がないのが難点。
 次が富山大学内にあって、完成したばかりの「富山市産業支援センター」。レンタルラボと称して16室ある。現在空いているのが2室で、36,2?、32.7?。家賃は68,670円、76,020円。産学官の連携での支援がポイント。
 最後が富山県総合情報センタービル内にある「富山ビジネスインキュベートルーム」。5室があって、いま1室が空いたばかりで13?で月額27,300円ということだった。
 いずれも敷金や礼金、保証金などは一切ない。365日24時間使用可能で、電気・電話代だけが自己負担。3年ないし5年の使用期限も丁度いい。その間に、ビジネスを軌道に乗せて退去し、民間のビルに移るか、自社ビルでも建ててほしいということになっている。グループでの利用もいい。加えて、いつでも退去も可能なのだ。これ以上望めない、格好の条件といっていい。
 問題は入居資格。新たに事業を営もうという人、事業開始後5年未満で創業者と認められる人となっている。そんなことから、当然入居している人は若手が多い。恐る恐る聞けば、シニア創業である、わがユーウィンもその資格ありという。それはそれでいいのだが、そこの受付の対応である。
 何と同世代が対応する。自分の力でびた一文稼いだことがないという官僚又は独占企業OBだ。若者であれば、それなりということがあるが、見るからに仕方なしという態度。起業をさあ、応援してやろうという気構えが全く感じられない。「あなた方こそ、自らの企業家精神で、この施設をフル稼働させ、退職金を入居者に出資するぐらいの気概でやったらどうか」といい返したくなってきた。
 インキュベータとは、卵が孵化するのをサポートする意味。他人のことより、自ら閉じ込めてきた仕事の創造力を孵化させてほしい。そんなパラドックスを感じた1日でもあった。
 さて、シニア起業家の端くれよ、結局どうするというのだ。まったく口舌だけではないか、救い難いのはお前さんだ、という次第になってしまった。

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