「わたしは分断を許さない」

 世界のあらゆるところで分断がはびこっている。分断の現場は、「敵か、味方か」で疑心暗鬼を生み、強烈な暴力支配。13年にNHKを辞め、フリーに転じた堀潤は、福島、沖縄、香港、朝鮮半島、シリア、パレスチナ、ミャンマーと分断が際立つ現場に飛び込んでカメラを回し続けている。組織ジャーナリズムの限界を超えて個人での挑戦だが、新しい可能性が見える。「真実を見極めるためには、主語を小さくする必要がある」がキーワード。

 小さな主語は語る。福島原発訴訟「生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!」に加わる美容師の深谷敬子は、震災後はさみを握っていない。賠償金で生活しているが、「賠償がいっぱいもらえて、あんたらいいね」と避難先住民のやっかみ、差別発言は暴力そのものといっていい。また、同じ訴訟原告団の久保田美奈穂は、放射線量に怯える日々に疲れ果て、沖縄に移住した。そこで基地被害の実情を見て、辺野古の座り込みに参加する。福島と同じ分断が沖縄でも行われていることを知る。一方、国際ジャーナリストの安田純平はシリアの武装勢力に拘束されて、帰国後外国人特派員協会での記者会見で頭を下げた。日本と無関係の地での紛争をなぜ取材するのか、という問いだが、その本質は物理的な距離ではなく、「自分とは違う」という隔たりを指している。身近に起きても、彼らは無関心だろう。

 特筆したいのは、平壌外国語大学との交流会に2年連続で参加する大学院生の仙道洸。北朝鮮の学生たちと笑顔で話しているが、植民地支配の謝罪が前提という彼らに無言で頷いている。安倍のいう「謝り続けるしかない次世代」発言がよぎるが、彼らは歴史の真実を確認し合い、本音で対等に語りたいのである。

 更に、小さな主語は絶望を語る。香港の雨傘運動に19歳で参加し、今回の民主化運動に自らの名前も顔も明らかにして闘った陳逸生は現在、日本から香港への支援を呼び掛けている。クルド独立運動支援者のチュラク・メメットは難民申請をするも認められず、都区内の収容所に収容されている。7万人以上の申請でわずか1%の認定だ。高いビルの窓から手を振るメメットの姿をカメラが映し出す。何という距離の遠さだ。

 大田昌秀・元沖縄知事の証言も生々しい。辺野古移設は米国が半世紀前から調査をし、航空母艦が横付けでき、巨大な弾薬庫も併設できる構想を持っていた。米軍だけでは無理だという案に、日本が乗ってきたのだからたまらない。しかもすべて日本の予算で、百年後も使用可能かもしれない。普天間からの単なる移設ではなく、強力な新基地建設なのだ。この事実を本土のみなさんはわかっているのか。

 ドキュメント映画「わたしは分断を許さない」は世界の分断現場を撮り続け、訴える。とりわけ「受け取り手を失った真実はどこに行くのだろう」という堀潤の叫び声が胸に響く。暴力を前に足がすくんでしまう老人には胸の奥底に突き刺さり、ブログさえ書く資格がないぞ、と断罪された気分になる。さりとて、暴力何するものぞ、という人間だけでは、この分断状況を変えていくことはできない。正解があるわけではないが、高橋賢次・恵比寿新聞編集長は「人の不幸の上に成り立つ幸せを癒すには、幸せを少し手放し、みんなのものにする優しさが必要だ」という。幸せを手放す優しさ。そうかもしれない。

 12月4日富山シネ・ラ・セットの主催で上映されたが、映画の著作権が全く理解できないおじさんがいた。借りてきたビデオをみんなで見ているのではないのか、とのたまう。ドキュメンタリーの場合、1日1回上映、100人想定で5万円が相場だから、会場費など入れると、100人でトントン。おじさん、この1000円が堀潤を支えているのだ。

 

 

 

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