11月末の東京

新しい模索のきっかけにしたいと出かけた。1泊2日の東京だが、硬くなった古稀の感性を解き放つ出会いと殻を破ってみたのだが面白かった。その3話を報告する。
 3人で参加した公式会議を終えて、ひとりが誘ってくれたのが本郷三丁目にあるアジア学生文化協会の新星学寮。築50年は過ぎていると思えるが、アジアからの留学生が住んでいる。学生は試験とかで対応してくれなかったが、ベトナムの同世代夫婦と歓談した。日本に来て50年となる旦那は東京農大を出て種子の研究をしている。寡黙で温厚そのもの、終始笑顔を絶やさない。夫人の方は日本在住40年で、積極的である。名刺にはダオ・チ・ミン、FUJI教育資金とある。夫婦で立ち上げたベトナム人留学生への奨学金制度で、ベトナムとの貿易を通して生計を維持しながら、懸命にこの制度を支えている様子がうかがえる。大国中国の圧迫、フランスの植民地、日本の占領、またもやフランスの再植民地紛争、アメリカのベトナム戦争介入と気の遠くなる戦乱の歴史を潜り抜けてきて、ベトナム社会主義共和国が成立したのが1976年。旦那は北爆を機に、夫人は共和国設立を機に日本にきている。夫人曰く、多くの血で贖った国家樹立であったが、理想とはほど遠いものです。ドイモイ開放政策も表面的には豊かになったが、貧富の差は広がり、山岳民族の生活権利はないがしろにされており、官僚も富裕層も既得権にしがみついて、建前と本音を使い分けし、とても帰国する気になれません。民主化運動をするとなれば、命がけです。表情はとても哀しそうだった。そして、こう付け加えた。ボートピープルでベトナムを脱出し、成功した人が教育資金を提供してくれています。シリア難民もそうですが、子どもたちを救い、きちんと教育すればその国にも、母国にも貢献してくれることは間違いありません。
 もう一人が誘ってくれたのが、東銀座のイタリアンレストラン。近所に住んでいた若者がリクルートで7年勤めて、イタリアに飛び出して1年。帰国するやすぐに店を開いた。ラ・ボッテガ・デルマーレで、オーナーは富山出身の青池隆明、39歳。何と、店の前に出された黒板に「富山県新湊漁港直送!お魚イタリアンバル」と大書されているではないか。うれしくなってワイン1本飲み干してしまった。この店へ案内をしてくれたのが、知人の兄さんで、これが個人タクシー歴40年の74歳。本郷3丁目に迎えに来てもらって、東銀座までスイスイと快適だった。この辺りは木挽町といってね、と蘊蓄も心地よい。東京都区内を熟知しており、動体視力も45歳前後レベルと折り紙付きで、自分の体調を見ながら出動し、稼ぎを加減しながらのマイペース。22万キロ走っているクラウンだが、まだ使えるだろうと余裕である。天職とはこういうのかもしれない。わがホテルまでも送ってもらった。
 さて翌日だが、原宿・セゾンアートギャラリーの「にしのあきひろ・えんとつ町のプペル展」に出かけた。漫才コンビ・キングコングのツッコミといえば、わかりいいいかもしれない。音楽も、小説も、絵も描ける多才ぶりで、タモリと出会って絵本を描き始めた。クラウドファンディングを利用して、ニューヨークで個展も開催している。この展示会を来年7月富山で開催すると聞き、見ておこうかとなった。ここでも入り口で驚いた。昭和初期の細長い温度計が掛かっているのだが、「石炭コークス 北宇商店 高岡市佐野」と書かれている。早速電話してみると、間違いない当店の先代のものです。まだ残っていてそんなところに使われているのですか、光栄です、ということだった。こんな縁がうれしい。
 はてさて、古稀だといって、収まり過ぎてはいけないということだろう。中途半端な散らかし放題で終ろうとも仕方がない。前に進むしかあるまい。落在する命楽しまんかな、である。

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