若き珍客

知床・羅臼ではよくあることらしい。昆布採りの番屋から人が飛び出してきて、道路をふさぐように両手をひろげる。車は驚いてブレーキを踏む。「時間があるなら、昆布干し作業を手伝ってくれないか」と大声で呼びかけてくる。行く当てもなく走っている車も少なくなく、それでは手伝ってもいいよ、となるらしい。車よりバイクの方がその確率は高く、何日も居座って手伝う人もいるというから、その国道は不思議な出会いの場となっている。昆布作業は採ってからも、「乾燥」「ひれ刈り」「選別」ととにかく人手がかかるので、猫の手どころではない、何の手でも必要なのだ。
 10月13日、23歳の若者が一宿を乞うて、わが家にやってきた。突然ながら、うれしい来客である。多摩ナンバーのハーレーダビッドソンが横付けされた。北海道から日本海側の一般道を走ってきたので、埃にまみれている。三男がピースボートに乗船した時の仲間だ。その時は高校を卒業したばかりの18歳で、最年少だった。酒も呑んでいたらしい。「おじゃまします」と屈託がない。
 羅臼で昆布作業に1ヵ月間従事してきたという。文頭のそれは彼からの情報である。朝3時から夜の8時まで、次から次と仕事があり、働き詰めの日々だった。明日雨が降ればできないのだから、きょう出来ることはきょうやっておく。時間との勝負でもある。それで日給8,000円。「羅臼の人は、けち臭いんです」というが、責めているわけではなく、むしろ同情している口ぶりである。この珍客を近所の魚屋で買い求めた刺身と子持ち鮎でもてなした。
 東京・狛江市に実家はあるが、半年以上帰っていない。父親は内科医で、上に姉がふたりいる。自由放任という教育方針?で育った。虫が大好きで自然の中で生きたいと、小さい時から思い始めた。ピースボートを降りた後も、愛車ハーレーダビッドソンを駆ってアルバイト先を見つけながら放浪の旅を続けている。道の駅が宿泊場所だ。久しぶりに風呂に入り、蒲団で眠れて幸せです、と笑う。
 いまは漁師になろうと思っている。富山の氷見漁協で漁師を募っているかもしれないといったら、明日立ち寄ってみたいという。島根に行くのなら、随分遠回りになるぞといったら、そうですかと思案している。何で島根なのか聞いたら、友人にツーリングフラッグを届けに行くのが目的とのこと。ホクレンのガソリンスタンドで、ツーリングファン向けに「道北(ブルー)」「道東(グリーン)」「道央(オレンジ)」「道南(イエロー)」と鮮やかなフラッグを限定販売しており、それを風になびかせて走るのが、ホッカイダーになった証だ。友人は道央フラッグがなくて、頼まれたのだ。それでわざわざなのか、とその律儀な友情にこちらが驚いた。鮎がうまいとかぶりついていたので、老人の残り一匹を彼の皿に移してやった。
 市場に絡めとられない。彼を見ているとそう思った。経済的なインセンティブや、人為的なものが通用しない。自分の感性の赴くままに自分を動かしている。そんな若い人種が生まれてきているのだと実感した。ヒューマンネイチャーというやつだ。昆布というのはね、沖縄と富山が際立って消費している。昆布ロードといって、北前船が北海道から日本海を通り薩摩に運び、沖縄からの密貿易で中国に多くが運ばれたのだ。そんな薀蓄も彼にはムダだな、と思って口をつぐんだ。
 はてさて、こんな雑文書きなぐりも500回を数える。成長しないこと甚だしく、恥ずかしい限りだ。それでは続けなければいいだろうといわれるが、何となくもの寂しいのだ。ここらで一区切りとも思っている。来週どんな気持ちになっているか、その時の気持の赴くままにまかせたい。

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