歌声喫茶「ともしび」復活

歌声喫茶「ともしび」。懐かしいと思う人は私と同世代。東京は西武新宿の前、歌集を手に何時間も粘って大声で、ロシア民謡、カンツオーネ、シャンソンそして労働歌を歌った記憶。つい昨日のようでもある。昼過ぎまで惰眠を貪り、インスタントラーメンをかきこんでやおら出かける。大学に行かない日はあっても、新宿へは何があっても。4畳半の下宿は何もない。FMが入る小さなラジオだけ。もちろん万年床。人恋しさに、10代では堪えられなかったのであろうか。そういえば神田川は下宿の前を流れていた。30余年前のことである。

それが新宿の小さなビルの6階に復活したのである。3月の土曜日。有志6人で遠藤周作の「沈黙」がオペラ化されたのを観劇した後、足をのばした。雑居ビルのエレベータを降りると、もうそこは熱気むんむんという感じ。中年同世代ばかり。席も空いてはいない。富山からやってきたといって無理矢理席を確保してもらった。それぞれの青春を取り戻すのに時間はかからない。あまりの盛り上がりに予約した銀座の中華レストランをキャンセルした。 我らがリクエスト「愛の讃歌」を歌い上げ、ひとりがステージで「死んだ男の残したものは」を歌い、ああ満足。これは何だろう、と思う。われらが五十路世代のノスタルジーのすさまじさは何なのだ。人間は回顧するのが好きなのである。個々人で多少の差はあれそれぞれに満足すべき時代であったことは間違いなさそう。学校給食、DDTを頭に散布、みんな腕に種痘の跡、集団就職、所得倍増に高度成長。ささやかでもそれなりに。大声で歌うおじさん、おばさんから「しあわせ」見て取れる。

問題はこれからである。子供たちはこの不況にあえいでいる。恐らくこの低成長いやマイナス成長はおいそれと変わらないだろう。さすれば、わが老後は次世代に迷惑をかけないことに尽きる。老人の精神的経済的自立と相互扶助、老老介護の社会化すなわちグループホームを、生涯学習の相互化などなど。

そして、ともしびの後入ったのが新宿の居酒屋。銀座の予算が1万円だったのに3000円で更にもりあがった。そしてまたまたびっくり。このメンバーで、うたごえ喫茶を立ちあげるという。いや、もう立ち上がった。黒部・宮野山のコタン。モリーノ(森野信夫先生)と歌おう「うたごえサークル」。

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