40歳定年説

 かねがね20歳前後での新卒一括採用はおかしいと思っていた。人生一本勝負で、その影響が生涯に及ぶ。終身雇用が前提で、転職は転落と息苦しくとも我慢するしかなかった。40歳定年説を目にした時、これを打ち破るのか、単なる警鐘に終わるのか、興味が湧いた。柳川範之・東大大学院経済学研究科教授が提唱している。彼は海外帰国子女に属し、大検で資格を得て、慶應の経済を通信課程で学び、学者の道を選んだ。多様性を重視している。これを荒唐無稽と退けていては、この混沌を切り拓けない。古稀過ぎての逃げ切り世代なので胸張って、とはいかないが、聞いてほしい。

 この提唱には「75歳まで元気に働くため」という枕言葉がついている。産業構造は大きく変化し、そのスピードは想像を超えている。先に挙げたアマゾンエフェクトでわかるように、すべての分野でひたひたと足元まで押し寄せている。デジタル化は働く者に必要とされる技能や知識もどんどん求め、グローバル化は新興国との競争を余儀なくして、はっきりいえば給料が3分の1の人たちと競争せざるを得ない。つまり3倍生産性を上げなければならないのだ。

 経営者のほとんどは自分の企業が今後20年持つかどうか危ぶんでいる。一方で働く側の多くはこのまま定年までと願う。そんな構造を企業側から変えるとすれば、自主廃業、偽装倒産、解雇、リストラにならざるを得ない。働く側の抵抗は想像を超え、法廷闘争ともなれば何年かかるかわからない。双方が破綻するのは確実。これを企業からの強制ではなく、働く側の主体的な選択で変えようという。何よりも企業の強制で身に付ける能力ではやっていけない。主体的で自発的なヤル気に裏打ちされた能力でないと太刀打ちできないという危惧がある。というより、生きるとは何か、働くと何かという根源的なものを共有してこその思いが強い。というわけで、変化に対応した幅広い能力開発が、年齢に関係なく求められる。

 雇用は20年以内の有期契約がいいとする。20歳から40歳、40歳から60歳、60歳から75歳というようにステージに合わせて働く。就活の失敗は次のステージで取り戻せる。3回やり直すことができる、つまり人生3毛作と前向きにとらえている。もうひとつ付け加えるならば、能力開発というより隠れた人間性発掘で、基礎と応用の分野があり、基礎では哲学や物理、考古学などもあって、働く意味、生きる意味を自ら考え、自ら選び取っていく。企業中心から、人間中心の働き方に変えていくのだ。

 もちろん企業だって、応分の負担をしなければならない。終身雇用が維持できない以上、社員に外でも生きていける能力を身につけさせることは雇用側の責務。副業だって積極的に認めなければならない。これからは仕事を掛け持ちする時代で、それくらいの発想の転換が必要だ。とにかく、何もしないのでは、可能性も生まれない。

 破れかぶれでいうわけではないが、その昔、人生2度結婚説が叫ばれた。 就職も結婚も、計算づくでやれるものではない。人生1回という覚悟を決めて、挑むことである。柳川教授がいう。取り敢えずあなたは80歳で起業し、嫁さんも探すことです。

 余談だが、アベ政権はこの状況に逆行する愚かなことをしている。徴用工の問題を貿易管理で意趣返しした外交は、こんな切迫した国民の願いを空しくする愚かなもの。 世界経済でのわが国の凋落に弾みをつけている。

 

 

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