手帳

来年の予定が入り、もうそんな時期かと思いつつ、新しい手帳を買った。日本能率協会の普及版で、97年以来これで通している。「日記買う」は12月の季語。高浜虚子編・花鳥諷詠には「日記買ふ未知の月日があるごとく」と例句がならんでいる。未知の月日にわくわくする時は遠い昔となり、いまは昼飯、晩飯に何を、外食の場合はどこで、いくら、までを記載している。辛うじて空白を埋めているという感じだ。記憶をなぞる時の格好の手立てとなっていて、この記述を怠ると、昨日のことが思い出せない。困ったボケ老人に成り下がったものだ。永井荷風が、○×で手帳の隅にあれ?をつけていたというが、そのマネゴトをと意気込んだこともあるが、遠く及ばないとすぐに諦めざるを得なかった。
 はてさて、どんな思考をしていても、思いはいつもフクシマに飛んでしまう。例えば、東京電力関係者は30年通用する手帳を用意しなければならない、となる。福島原発の廃炉までに30年要すると、原子力委員会が発表したからだ。それも手を拱いてただ時間が過ぎるのを待っているだけではすまない。来る日来る日も、気が遠くなる緊張の強いられる作業の繰り返しが続くのだ。
 東京新聞の連載「レベル7」は5月19日から第1部が始まり、11月6日から第4部となったが、的確に福島原発の現状を報道している。果たして工程表なるものを信じられるのかどうか、ぜひ読んでほしい。細野原発担当の発言をそのまま信じている人はいないと思うが、念のために、一部を紹介しておく。
 日本側調査研究団の一員として、スリーマイルに派遣された元東電社員が振り返って証言している。配管からカメラを入れて、炉内の様子を克明に調べる。その上で、溶けた燃料をドリルで削る除去作業を続けていくのだが、ある日のこと、カメラに映ったのは藻であった。それが日を追うごとにその緑色は濃さを増す。こんな高温にして、高濃度の放射能の中で増殖できるのは、どんな生物かとなる。作業を中断して、採取してみると何の変哲もない「ミドリムシ」だった。ところが原子炉や核燃料に影響を及ぼすのではないか、とミドリムシ退治がはかどらない。ようやく消毒薬に使う過酸化水素水に落ち着くのだが、何と1年を要したというのである。
 現場はどうなっているか、だ。厚労省は、現場の作業員に年間被ばく線量の限度を決めている。福島第一原発の緊急作業に限り、特例として250ミリシーベルトに引き上げていたが、11月1日から本来の100ミリシーベルトに引き下げた。これはどういうことかというと、「あと何ミリ浴びると現場にいられなくなる」と作業員達は自らの残り被ばく線量を気にかけながら、仕事をするということ。重量物の移動などがあり、行動は班でまとまってするが、ひとりが線量オーバーになると、現場を離脱するしかなく、足を引っ張ることになる。「これから原子炉に近く、線量の極めて高い場所に入る。廃炉まで30年以上というが、作業員の数が本当に足りるのか」。こんな不安の声に誰が応えるのだろうか。ロボットはどうかの声もあるが、スリーマイル島事故では、その乱雑な現場では全く役に立たなかった。
 こんな現場を、誰が責任をもって、廃炉までこぎ着けるのか。しかも30年以上にわたるのである。東京電力はどうしている、と老人は騒いでみたが、その不明を恥じなければならない。取り澄ました勝俣東電会長はじめ、遠くは木川田一隆なる会長もいたが、日常業務では辣腕を奮っているようにみえるが、エネルギー政策の基本的なところでは判断できないのだ。公益事業の宿命といえばそれまでだが、それなら偉そうにするな、また偉そうに周囲もさせてはならない。そうした錯覚が世を惑わせ、無用な電力叩きとなっている。
 それでは、真の責任者はどこにいるのか。それは経産省であり、資源エネルギー庁だろう。その監視のためにも、30年忘れてはならない憤怒の手帳が必要なのだ。

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