「シッコ」

国民皆保険の利点は十分に分かりながら、診療点数にしばられた医療だけでいいのか、医師や患者にもっと裁量権があっていいのでは、という疑問を持ち続けている。その対極にあるのが自由診療。患者と医師の判断で、その疾患に対して最高の医療が施される。友人のジョンは、バスケットボールで靭帯を切った時、アメリカで最高の治療を受けたから、今もこのスポーツを楽しむことができると高く評価する。医師である父親が入っていた医療保険の恩恵であることも、忘れずに付け加える。そして、日本の医療では難しかっただろうと断言する。
 そのアメリカの医療制度に切り込んだのが映画「シッコ」。SiCKO、「病人」「狂人」「変人」などと揶揄するスラングだ。ご存じマイケル・ムーアの作品。富山での公開を待ちかねて、13日ファボーレ東宝に飛び込んだ。
 アメリカ版の厳しい格差問題である。ムーアはその影に切り込んでいく。アメリカでは医療保険未加入者が約5000万人に達し、また保険に加入していても、あらゆる手段を講じて保険金の支払拒否が横行している。保険に入っていても安心できないシステムになっているのだ。医療保険の大半はHMO(健康維持機構)という民間の保険会社で、雇用された医師が治療の可否を判断している。救急車を呼ぶ前に、電話で確認しなければならない。それを怠れば自己負担だ。当然保険会社は、無駄な支出を減らしたい。コールセンターの女性担当者には、とにかくノーと言えと指導し、医師には要求の10%はカットせよ、とのノルマを課し、その分を奨励金として支払うという。馬鹿げた実態が続いている。それらをムーアがインターネットで呼びかけた。集った事例から、これでもかというほどに突撃取材している。心臓発作の夫、がんを患う妻、この老夫婦は保険が下りずに破産に追い込まれた。娘夫婦の物置小屋に引っ越すシーンは他人事とは思えない。
 こんな悲惨をよそに、利益追求一辺倒の医療保険会社や製薬会社は高収益をあげ続ける。またこの制度維持のために、薄汚い策謀をめぐらせもする。ヒラリー・クリントンが国民皆保険制度を提唱していたが、これを頓挫させた献金攻勢がそのひとつ。今では大統領選に向けて、彼女自らがこれらの企業から献金を受けており、もう皆保険に言及することはない。また、自分たちに有利な法律を通させた議員を、保険会社に天下りさせ、年収2億円を与えるという手も使う。献金額を貼り付けた議員達の映像は、利益誘導のロビーが暗躍するアメリカ政治の負の側面を見事に映し出している。
 それではと、国内での閉塞と絶望を振り払うべく、イギリス、フランス、カナダへの海外取材も試みている。いずれも皆保険国であり、その対比はおもしろい。圧巻はキューバ取材だ。あの9.11事件の起きたグラウンド・ゼロには、ボランティアが駆けつけた。彼らの多くは粉塵の中で救護活動を続けた。その結果、深刻な呼吸器障害を煩い、職を失い、政府の援助ももらえないまま暮らしている。一方、テロ事件を起こした犯人グループは、キューバにあるグアンタナモ基地に収監され、万全の医療体制に守られている。ムーアはボランティアたちを連れ、キューバに乗り込む。基地に向かって拡声器で叫ぶムーア。「この人たちに、囚人と同じ医療を受けさせてください!」と。
 そのキューバの病院が、グアンタナモで門前払いを食ったムーアたちを受け入れ、手厚く治療する。アメリカが見放した患者をキューバが診てくれたのだ。「国民皆保険は社会主義の始まりだ」とアジって導入を阻む米国の政治家たちは、社会主義国家キューバの態度を見て何というのだろうか。
 さて、教訓だ。とにかく声を挙げることだ。どんなに手酷い仕打ちを受けても、羊のように従順に受け入れているのが一番良くない。前回の参議選の効果は抜群である。とにかく高齢者医療改悪の先送りをせざるを得なくなったのだから。とにかく、年金、医療を最大に争点にして、次期衆院選で政党を競わせることである。財政主導、官僚主導ではない自分たちの医療改革の最後のチャンスと考えたい。団塊世代が後期高齢者(75歳)に達する前が勝負時なのだ。団塊世代の諸君よ、死生観を明確にして、よく生き、よく死ぬことだ。欲ボケだけにはなるないように祈りたい。

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