昭和の語り部・半藤一利、漱石の孫・茉莉子夫人と食事する機会を得た。9月3日魚津市の天米。茉莉子夫人の健啖ぶりには驚いた。漱石の胃弱遺伝子とは無縁のようだ。東京の下町向島に住んでいて、権力嫌いもいい。今度の選挙は郵政民営化ではなく、小泉は自分を選ぶかどうかだと迫っており、思い上がりも甚だしい。信任得たあとは白紙委任されたと憲法改正に動く、と見ている。婦唱夫随で半藤が合いの手をいれる。
天才が天災を呼ぶ時もある。戊辰の役の長岡戦争もそうだ。河井継之助という天才を得た長岡藩の悲劇。司馬遼太郎が「峠」で英雄視したが、大衆から見るとそうではない。天才の使い時が難しい、過信と誤解ということも。日本を戦争に導いていった陸軍大学校優等卒に戦後会ってみると、無責任な弁明ばかりを繰り返し、自己正当化するだけの凡才に過ぎなかった。また熱狂しやすい国民だけに、熱狂を作り出さないことも、マスコミを含めての大きな責任。今回の総選挙は歴史的に大きな転機となることは間違いないでしょう。
翌日の講演は、クイズ形式で日本軍の愚かさを指摘した。陸海合わせて戦闘員の戦死は212万人とされるが、70%が広義の餓死。日本陸軍のひとり1日当たりの米定量は6合、これの数日分を背負って歩くが、第37師団は連続して1万キロを歩いた。兵隊を苦しめる滅茶苦茶、無謀な作戦が多かった。陸軍大将と二等兵の俸給格差は100対1、これが戦後の軍人恩給でも続いている。などなどだが、軍隊を持つとは、こんなことになるということ。イラク・サマワの自衛隊の実態を伝えるジャーナリストがいないことが、政府の大きな利点になっている。
選挙を占うには、ここはやはり「老人党」代表なだいなだ。「社民、共産も必要だが、まずは政権交代。民主がいいとか悪いとかではなく、やらせてみなければ分からない。やってダメだったら降りてもらう」と明快だ。彼の取り敢えず主義とは、こういうことを指す。精神科医という職業柄からか、気楽さというか、何が何でもこうしなきゃならないということがない。ともかく、自民党の現執行部の、そして刺客女性たちの万歳する笑顔など見たくないよ。野党よ。真剣に喧嘩をしなさい。じれったいねえ、と公明党糾弾にも及ぶ。創価学会と公明党の継ぎ目に弱点があり、そこを狙えという。
創価学会の皆さん、上の命令で投票していないで、自分で考えて投票しなさいよ。自民を支えることが、あなた方のためになりますか。公明党は結党のころは、弱者を守るための政党だった。自民党と一緒になって、高給サラリーマンの年金確保だけを考えている。公明党は、そんな政党だったですか。今の党が、昔の公明党と同じだと思いますか。創価学会を集票マシーンとしてしか見ていない。
その通り。共産党員と創価学会員が、山谷で、釜が崎で底辺の人たちをオルグしようと鉢合わせをしていた時代があったのだ。それが小泉に比例区は自公どちらでもいいとまでいわせる融合ぶり、あの日蓮上人の教義はどこへ忘れ去ったのか、といいたい。
アメリカのハリケーン惨事も、同国の亀裂を見せ付けてくれた。ワシントン、ニューヨークだけではわからないアメリカだ。銃撃戦が行われたニューオーリンズの映像は、一瞬イラクではないかと思ったほど。誰しも、イラク戦での膨大な戦費との落差に思いが及ぶ。市場原理を掲げる新自由主義、小さな政府というだけのお題目の行く末を見せてくれたのである。そのアメリカに追随するだけの外交の危うさも。
今回の一票はそれぞれに歴史的な責任がついて回るが、主権者がわがままに、取り敢えずと考えても無責任とはいえない。小泉の取り敢えずに対抗するには、そのくらいでちょうどいい。
さて、8月30日、めでたく?定年退社となった。まだ生活の変化がなく、飲み会を渡り歩く日程をこなしている。退職後ギアチェンジも、なだいなだ流の取り敢えず主義でいけば何とかなると思っている。
総選挙前のつぶやき