「サイレント・ブレス」

 最期の静かな、消え入りそうなひと呼吸と訳すべきかもしれない。「サイレント・ブレス」(幻冬舎文庫 650円)だが、この書名に作家の深い思い入れが込められている。医師でもある南杏子(みなみ・きょうこ)の処女作。彼女の経歴をまず知ってほしい。61年生まれ。日本女子大を卒業、出版社勤務を経て、結婚した夫に伴って英国へ。そこで出産、育児となったのだが医師とのコミュニケーションが満足にできなかったことから、医学を志す。帰国後、東海大学医学部に入学したのが33歳、38歳で卒業し大学病院老年内科に入局するも、再び夫の転勤でスイスへ渡る。その帰国後に終末期医療に携わるのだが、作家への思いもやみ難くカルチャーセンターの小説教室に通い、55歳で作家デビューを果たしたことになる。そのバイタリティにも驚くが、ミステリー仕立ての筆力にも新鮮さを感じる。在宅医療がなぜ必要で、こんな風に行われているのかが臨場感を持って伝えられる。小説の持つ説得力といっていい。終末期医療を理解してもらう格好の手引書でもある。

 実は友人の義弟が筋ジストロフィーで苦しんでいる状況を知り、もっと医療介護の手が及ばないものかと相談に乗っていた。59歳の独居で、進行が早く、歩くのも覚束ない。ヘルパーに食事、掃除のサポートを受けているが、1日1食の時もある。ままならない体にいらついて、床に手を打ち付けて悔しがっているという。3か月に1回、県立中央病院の神経内科に通うのだが、近所の目を憚って普通タクシーに体を押し込み、病院の車椅子を運転手に押してもらって、外来の順番を待っている。自立した生活は困難とケアマネは施設入居などの説得を試みているが、経済的な問題もあり、まだ在宅でやると言い張っている。

 偶然というべきか、「サイレント・ブレス」第2章に筋ジス患者が登場する。主人公の水戸倫子は医大の病院勤務から、「むさし訪問クリニック」というちっぽけな診療所への異動から小説は始まる。スタッフは看護師と事務の総勢3人。まるで大学病院からの左遷に映るが、水戸の不器用な真面目さが在宅分野に向いていると教授が判断した。「できません。筋ジスの患者なんて、診たこともありませんから」と神経内科の専門医にバックアップを求めるが、教授はこう諭す。「神経内科の専門医は全国に5000人しかいない。病院数は8500で、在宅患者を診る余裕はない。だからこそ、どんな患者も引き受ける在宅医が必要なんだ。通院できない患者が在宅を望んでいるのだから、医療はその希望に応えなければならない」。3冊を購入し、友人、ケアマネ、在宅医に是非にと渡した。それが功を奏したのかわからないが、本人説得に動き、在宅診療を受け入れて、できるだけ長く在宅でという結論に落ち着いた。医療よりも生活、身体、精神的、成人後見人などのサポートをしていかなければならない。

 このほかにも5人の患者例をストーリーに仕立てている。死を見届ける医療の難しさだが、点滴の量、胃瘻の管理、吸痰の頻度などなどリアリティを持って知ることができる。延命拒否の事前指示書を隠してしまう妻の葛藤など終末期医療は家族の問題でもあるのだということも。ぜひ読んでほしい1冊として推薦します。

 そして、お知らせです。10月27日午後1時30分~3時30分、文苑堂富山豊田店2階多目的室で、「逝き方カフェ」を開催します。エンディングノートを前にして、自分の逝き方をさわやかに語ろうという試みです。参加費500円をお忘れなく!予約の必要はありません。

 

© 2021 ゆずりは通信